8 Much Ado About Nothing! 1

     8.Much Ado About Nothing! 1


 太平洋防衛会議――。

 以前は、環太平洋……と銘打たれていたけれど、今は〝環〟をつけない。それはロシアが小ロシアへと転落し、太平洋に接するところはシベリア連邦に変わった。国土は広いが、大半はツングース地帯で国力は弱い。小ロシアと対立し、こうした西側の会議にも参加する。

 チェチェン共和国のように、ロシアから独立した後も、西側と対立する国もあるけれど、シベリア連邦は千島列島と樺太を日本に売却、その見返りで国をまわすなど、経済は不安定で、西側に頼ろうとする意図が強かった。


「また今回も、シベリア連邦がおねだり外交をするんだろ?」

 アグィは要人警護とは別に、会議が行われる陸前迎賓館の周りをかためつつ、そう愚痴をいう。

「この国は三十年、領土、領海と引き換えに、支援をしつづける約束をしちまったんだ。その額を増やしてくれ、それとは別枠で支援してくれ、なんていうのは弱り目に祟り目だよ」

 ヤマがそう応じると、チャンが「その例え、合っていますか?」

 ヤマとチャンは指揮車にいて、電脳戦に備えていた。

 特公も有機隊であり、国際的な重要会議のため、こうして駆りだされている。ただし、護衛というメインストリームは有機隊の本隊で、特公はあくまで電脳戦に備えて脇を固めるだけだ。

 それでも荒事が得意なラヴァナ、アグィ、プリティ、ヴァイは施設を警備する方にまわされる。


 指揮車には、ヤマとチャン、それにスリヤがいた。スリヤは人の姿をするが、アンドロイドであり、無駄口を叩くことはない。

「電脳戦、ありそうですか?」

 チャンも手持ち無沙汰にそう訊ねた。

「上海、シベリア……。かつての共産圏を構成していた国が、分裂して今や太平洋の安全を西側と語る国となった。それが快く思わん者も多い。中華、小ロシアにばかりでなく、この国の中でも……だ」

「ハッキングや電脳攻撃しても、自分は安全と考える者が多いね。オファニムが導入され、電脳空間は実世界より危険なのに……」

 サーバーを遮断したり、ネット全体を遮断したり、容易にできるようになった。その結果、ハッカーも大分減った。何しろ、攻撃を感知するとすぐに遮断され、上手くいかなくなったからだ。

 今はDDoS攻撃より、ウィルスを仕込んだメールや、サイトに誘導する詐欺が一般的である。

 こういう国際会議の場合、さらに監視が強まり、下手なことをするとすぐに遮断されるばかりか、逮捕されれば身体罰を受けることもあって、犯罪的なことは減る傾向にあった。


「浦浜課長はどこいった?」

 ヤマが指揮車でそうつぶやいたころ、浦浜は国際会議の裏で、全体を監視する中央制御室に来ていた。

「すまんな。特公は電脳部隊なのに……」

 そう言ってきた公安の竹弐部長に、浦浜は軽く手を上げて応じた。

「構わんよ。それで、テロリストの動向はつかめたか?」

 四人を周辺の警備に駆りだすのは、この情報をうけたためだ。

「否……。そもそもテロリストがいるかどうかすら、よく分からん。中華の太子党、小ロシアのFSI。いずれも一過言ありそうな連中が国内に潜入したというが、確証のある話かどうか……」

「ネット情報に踊らされている可能性も?」

「米帝、香港、どうやって情報を得たのか? それすら不明だからな。だが、軽視して何かあったら大問題だ」


 現在、この国には犯罪の捜査や、有事の際に国民の避難誘導にあたる、武装していない警察と、武装した有機隊が治安維持にあたっている。国際会議の要人警護、周辺警戒は有機隊の仕事だ。

「この国は面倒くさいね。何で警察と一緒にしない?

 チャンに訊ねられ、ヤマも肩をすくめた。

「有機隊をつくったとき、その意義を問われた時の政府がそういう方針をうちだしたからだよ。元々、米帝の強い関与のあった自衛隊を、軍に昇格させて政府の管理下におく際、米帝に配慮したのさ、それが有機隊の存在となった。だが、そうなると棲み分けが必要となり、警察から拳銃とジュラルミンの盾をとり上げて、有機隊にもたせた、というわけだ」

「自国の治安維持に、外国の関与をのこすって、信じられないよ。自殺行為よ」

「足して二で割ったんだよ。この国の特異で、得意なやり方さ。それでも事を荒立てず、米帝の関与を減らせるなら……と考えた結果だ。未来に大きな禍根をのこすことになろうと、今が丸く収まるならそれでいい。事なかれ主義の官僚があみだした恥ずべき文化だよ」

 ヤマはそう語ったとき、本当に嫌そうな顔をした。


「どう思う、ラヴァナ?」

 警戒警備の中、通信でプリティが語りかけてくる。

「何が?」

「中華の太子党、小ロシアのFSI、かつては破壊工作、要人暗殺でならした組織も、今さら感がある」

「それについては考察した。だがガセにしろ、愉快犯にしろ、メリットが薄い一方、リスクの高さとはまったく釣り合わん。もしこちらに人手を集中させ、別の個所でテロを計画するとしても、注目の低いところを狙ったところで、テロの効果としては限定的だ」

「でも、これでテロが成功したら、やっぱりその二つが犯人だった……と、追及の目をかわせる」

「あくまで成功したら、の話だ。成功する確率を落としてまでつかう手としては、よほどの自信家か、楽天家か……」

「つれないね」

「そうじゃない。私はむしろ、別のシナリオを疑っている」


「どういうこと?」

「今、ネットはあらゆる通信が監視され、遮断もされる不安定さだ。でも、少しの毒でも国家を動かす力をもつ」

「今回の噂?」

「ハーメルンの笛だよ。みんなで愉しく踊って、そのまま川底まで一直線だ」

 そのとき、ヤマからの一斉通信で「電脳攻撃だ!」と流れてきた。

「規模がデカい。この辺り一帯のホストサーバーがやられるぞ」

「私とプリティは電脳戦にまわる。アグィ、ヴァイ、荒事は任せたぞ」

 ラヴァナはそう指示をだすと、その場にすわりこんだ。

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