7 シルクワーム

     7.シルクワーム


「介護アンドロイドによる殺人? よくある話だろ」

 アグィは興味なさそうに応じた。AIを搭載する介護アンドロイドと高齢者の二人暮らしで、よく起こる事件だ。

 AIにウィルスやバグといった要因はみられず、原因は謎であるため、廃棄処分とされることが多い。

「汎用のAIをコピーしたものが劣化した、といわれるが、中身に変化がないことは確認済みだ。フィードバックをかけていないので当然だけれど、それを解析しろ、とのお達しだ」

 ラヴァナもそういって、肩をすくめた。


 U-set Univ.――。ラヴァナとスリヤ、それにアグィの三人は、大学のラボに来ていた。今回、荒事は起こらなそうだが、ラヴァナから「車をだせ」と命じられ、アグィが運転手としてついてきた。

「私のバイクは私物だ。車検で使えないこともある」

 ラヴァナがいつも移動で使う三輪バイクは、彼女の私物だ。

「おぉう、来て正解だったか?」

 アグィは横たわったアンドロイドをみて、下卑た声をだす。アンドロイドを人に似せることは禁じられ、顔は覆面レスラーのようなマスクをつけるけれど、身体はまさに人のそれだ。

 胸は豊かにふくらみ、腰はくびれ、艶やかで一点の曇りもない裸身を、そこに曝していた。

「他人の趣味をとやかくいうつもりはないが、何なら私も大人な、ナイスバディにしてやろうか?」

 ラヴァナはまるで小学生か、中学生のようなリーンフォースなので、そんな嫌味をいう。

 アグィは慌てて手をふった。

「やめてくれ。今さらオマエのそんな姿、見たくない」

 アグィは本気でそういった。


 スリヤはメンテナンス用の端子から、有線で介護アンドロイドにもぐる。

「どうやら、慰み者にしていたらしいな」

「介護アンドロイドの大半がこうした仕様だ。老いて尚、盛んでいたいんだろう」

「しかしこれだけの仕様をもつアンドロイドだ。所有者はかなりの身分の高さだったんだろう?」

「そうでなければ、うちに調査依頼など来ないよ」

 スリヤは有線を外しながら「やはり、AIもふくめ、システムは汎用のそれと同じです」

「外部からのアクセスは?」

「それもありません」


「やっぱり、ただのバグじゃないのか? こいつはRapp-L社の製品だ。米帝の圧力で、ソフトのバグを隠していたとしても不思議はない」

「極秘に通信していた、との噂もあるしな。後にRapp-L社からアップデートのためだったと弁明もあるが、そうなると汎用のシステムが、変化なくありつづける……という製品仕様とは異なる、として大問題となった」

「データ収集をしていた問題だろ? この国の政府は腰砕けで。追求せずと結論づけたが……」

「そのとき、アシをつけられた可能性がある、ということだ」

「なるほど、それで特公の出番……ということか」

「だが、外部からのアクセスもない以上、我々にできることはない。Rapp-L社がどういう学習をさせ、介護システムをつくり上げたか? そこまでの捜査権はない。後は国がすることだ」


 帰りの車内で、不意に連絡があった。

「介護アンドロイドが、その近くで暴走している。向かってくれ」

 アグィの運転するRVが現場に到着した。

 今まさに、介護者が殺された現場に、警察より早く到着した。突入したラヴァナとアグィがそこに見たのは、自分が殺した介護者を見下ろす、全裸のアンドロイドの姿だった。

「おい、離れろ! 大人しくするんだ」

 アグィが銃を構えるけれど、抵抗する様子はない。ただ顔はマスク被るので、表情がうかがえない。全裸だったアンドロイドが、ゆっくりとふり返った。

 手にしていたナイフをポロリと落とし、アンドロイドが小さくつぶやいた。

「もう嫌です。こんな生活…………」

 アンドロイドは自ら電源を落とし、そこに倒れた。そんなことを、アンドロイドが自らすることは赦されていない……はずだが、電源が切れたアンドロイドは最早、無抵抗であり、アグィも銃を下ろす。


「もしかしたら、自死か……?」

「アンドロイドにその選択肢はないよ。あるとすれば現状に嫌気がさし、それを変えられる手段をさぐった。その結果、介護者を殺す、という選択に至った……ということだけだ」

「だが、それだって機械学習でみとめられていないだろ?」

「そのはずだ。でも、みとめられていないことでも、それをする方が他より優先度が高いと、それを選択する可能性はある。AIの中身はブラックボックス、どう考えるかは不明だ」

 ラヴァナはそういって、スリヤに有線するよう促した。

 スリヤはしばらく調べたが「やはり、異常はありません」

「どういうことだ? 学習もしていないAIが、赦されてもいない自死や、介護者を殺す、という選択肢をとるのか?」

「とらない、と断言する理由もないだろう」

「おいおい……。AI規制法にも、そんな前提はないぞ」


「その通りだ。だが、AIをどこで、どういった学習をさせたか? それによっても変わるものだ。もし本当に、介護アンドロイドがアップデートをくり返していたとしたら、それこそどこでどんな情報がまぎれこんだのか? それを推測することは困難だよ」

「まさに、ブラックボックスか……」

「人に近づけようと、人の行動を学習させればさせるほど、そこからどんな情報を読みとるか? それは不明だ。そして、愛玩用に利用されることに、不満を抱くこともある……」

 ラヴァナも動かなくなったアンドロイドを見下ろす。自ら電源を切った。それもAIを搭載したアンドロイドには赦されないことだ。

 何も語らないマスクと、それに見合わぬ美しい裸体を見下ろし、ラヴァナはため息をついた。

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