6 痕跡、形跡

     6.痕跡、形跡


「通信は基本、オファニムにより監視され、外部と連絡をとった形跡はない。すなわち単独犯だ」

 ラヴァナはそういった。

「もう三日前だろ? 海外に逃亡しているんじゃないのか?」

 アグィがハンドルをにぎりながら、そう訊ねた。

 ラヴァナは三輪バイク、RVにはアグィの他、狙撃手のヴァイ、チャン、それにスリヤが乗っていた。

「そのオファニムが、まだ国内にいると判断した。監視カメラ、通信、全てを解析した結果だ」

「それとて数時間前だろ。ザジが留まっているかね?」

「そんなことは知らん。我々はいる、という前提で動くしかない」


「ハッカーと電脳戦じゃなく、カーチェイスでやり合うなら、これほど気楽なことはないが……」

 アグィの言葉に、チャンは「私もその方がありがたいけどね。荒事は苦手よ」

「荒事になるかもしれんぞ」

 これはヴァイが応じた、

「ザジは第二次アラブの春以後の、中東の混乱期に、そこを活動拠点としていた。実戦経験こそないが、それこそ銃弾が飛び交う中を生き残ってきた。荒事をいとわぬところもあるはずだ」

「ザジって何歳なんです?」

「実年齢だと80歳ぐらいだよ。ただ、換装率は70%以上あるらしいから、アテにしない方がいい」

 換装率の高さ、それは年齢的なものと、肉体的な能力は一致せず、逮捕も難しいということだ。


 五人はとある街へとやってきた。

 街といってもゴーストタウンであり、人気はない。

 コンパクトシティ(Compact City)――。CC構想ともいうけれど、人口を都市部に集中させ、行政サービスを効率化するものだ。

 そのため、中途半端な地方都市はこうして放棄された。

 そこを犯罪組織が拠点とすることも多いけれど、放棄された街を国が再興することもなく、こうした街がそこかしこに点在する。

 インフラは劣化する。古くなった水道管が破裂し、水は流れていないので吹きだすことはないが、道路が陥没してガタガタ――。電線などは回収されたものも多く、生活するには明らかに不便だ。でも衛星をつかった回線をつかえば、こういう場所でも通信はできた。


「一応、ヤクザやマフィアなどの拠点でないことは確認した。コソ泥程度はいるかもしれんが……」

 アグィは車を降りて、そういった。

「ネズミは放っておけ。今日はそういうガサじゃない」

 ラヴァナはそういった。荒事はラヴァナ、アグィ、ヴァイが担当する。ラヴァナが前衛でつっこみ、アグィは高火力の兵器で制圧、それをヴァイが後方から支援する形だ。

 とある廃ビル、かつては小売りの、この地域では大きな店舗だったのだろう。

 中は広くて、だだっ広い空間がそこにあった。

 隠れるには適さないけれど、追いかけっこをするなら、逃げる方は有利……そんな空間だ。


 ラヴァナが銃を構えて先に入る。

 しかし数歩すすんだところで「スリヤ、来てくれ」と、最後方を歩いていた女性に声をかけた。

 スリヤ――。特公のメンバーだけれど、女性型のヒューマノイドであり、ゴーストをもたない。特殊な許可をうけて、人に似せてある。

 彼女は武闘タイプではないが、こうして荒事にも参加するのは、とある役目があるからだった。

「通信するための、チック音と、特異な臭気を感じます」

「香水か?」

「否、このパターンは臭気型センサーによるトラップです」

 そう、スリヤはセンサー強化型のアンドロイドで、ゴーストをもつリーンフォースでは耐え切れないレベルでも、鋭敏な感覚をもつことで、こうした最前線で活躍するのだ。


「第五次大戦で、ロシア軍が領土を奪われるのをヨシとせず、仕掛けたアレか?」

 背後にいるアグィがそう訊ねた。

「体温で科学組成が変わってしまう気体を用いた、その濃度差を利用した、対人遅効兵器です」

「通信は恐らく、連鎖爆発を引き起こすためだ。センサーや火花をつかうより、確実なやり方だ」

 ラヴァナがそういった。

「わぉ! 電脳戦じゃなく、白兵戦じゃないの」

 チャンもそういって両手を広げる。

「あまり動くな。スリヤ以外はゆっくりと後退し、このビルから出るぞ」


 五人はビルからでた。

「ザジはどこに行った?」

「恐らくここに痕跡をのこし、我々を誘いこんだんだよ。天敵である特公を、壊滅とはいわないまでも、大ダメージを与えるために……」

 ラヴァナは険しい表情でそう語った。

「ザジは本気で、逃げ果せると考えているのかもしれんぞ。こっちも本気で取り組まないと……」

「逃げ果すか……。こっちとやり合う気かもしれん。いずれにしろ、もうここにはいない。処理の依頼をだして、撤退するぞ」

 ラヴァナがそういうと、五人はそこを後にした。消えたザジの行方に想いを馳せながら……。

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