5 身体罰(フィジカルロスト)

     5.身体罰(フィジカルロスト)


「秩父刑務所から、脱獄だ」

 浦浜は特公のメンバーを集めて、そう話を切りだした。

「脱獄? 特公の仕事じゃないだろ?」

 アグィがそう応じると、浦浜は「ザジ、という名前に心当たりは?」

「三年前にこの国が捕まえたハッカーだろ?」

「ザジ・ダハーク――。多くのハッカーがそうであるように、時に政府と協力し、ホワイトハッカーとして報酬を得、時に企業や国家すら相手どってハッキングで稼ぐ、二面性をもつ。だがオイタが過ぎて国際指名手配となり、この国に潜伏していたところを逮捕された」

「この国では大人しくしていたから、うちの網にはかからなかったが、偶々県警がガサを入れたところに遭遇、あっさり逮捕された。不運のザジ、なんてネットで有名になった」


「ザジは特別法廷で有罪が確定した後、協力することを約束し、ホワイトハッカーとして刑務所内で活動していた。だが、身体罰がせまっていることを知り、脱獄を決意したようだ」

 身体罰――。

 犯した罪と、刑罰との釣り合い。つまり犯罪の増加と、抑止力としての刑罰がそれに見合うのか? 刑務所の定員オーバー、労働人口が実質的に目減りしてしまう問題とともに、刑罰の多寡が世界的に再考されるようになった。その結果、でてきた概念である。

 懲役刑以上の罰には、その間をドナーとして強制登録され、適合者がいると有無を言わさず象ウキを摘出される。死刑だと脳や心臓など、それこそ生命や個を特定する大切な部分までその対象となった。


 詐欺、強盗などの金銭的な損害、また人殺しや傷害も金銭に換算され、その補填が完了するまで拘束され、懲役が終わってドナー登録は消えても、刑務所内で働かされつづけるのだ。

 刑務作業はより拡張され、企業からの仕事を国が請け負う一方、スキルに合わせて使役することで、給料の大半は返済にまわされ、死ぬまで働かされる、俗にいう奴隷制度――。

 そして臓器を摘出されると、それも価値を換算され、返済へまわされた。ただし薬物に汚染され、無価値と判断されるととられ損となることもあった。

 命の値段――。

 そう言われることもあった。生身の価値が高まって、犯罪者からそれを奪い、健全者に有効利用してもらうと、全体の利益となる。身体罰とは、そうした思想からでてきたものだ。


「世界屈指のハッカーが、監視、監督のゆるいこの国に大人しく掴まっていたことが驚きよね」

 プリティはそういった。

「この国は他と比べ、身体罰がゆるいからだよ。問題は、その緩い身体罰でさえ拒絶した、ということだ」

 ヤマがそう応じる。

 二人は秩父刑務所に来ていた。ザジが逃走した経緯をさぐるためだ。秩父連山の山深いところにあり、刑務官の人間はごくわずかで、ほとんどはアンドロイド刑務官が作業をする。

 そのアンドロイド刑務官をハックし、人間の刑務官や囚人にすら気づかせず忽然と姿を消した。

 その手法を二人で解析するつもりだ。


「これまで大人しく、独房と作業ルームを往復していたのですが……。こちらが作業ルームです」

 生身の刑務官が案内したのは三畳ぐらいの広さに、モニタがびっしりと並んだ部屋だった。

「往復する間、刑務官が付き添いますが、それ以外は人と接触することもありませんでした」

「アンドロイドは?」

「アイソレート型です。フィードバックもかけず、一ヶ月おきに並列化しています。端子も通信用はカギをかけて管理しています。これでウィルス感染や、ハックなどはムリですよ」

 作業マニュアルはきちんと守られていた、と生身の刑務官はアピールする。


 一体のアンドロイドを観察しながら、ヤマは「充電端子は?」と訊ねた。

「首のここです。実働は12時間ですから、一日おきに充電が必要ですからね。鍵はしていません」

「この充電用のタイプG端子から、遅効性のウィルスを流しこまれたんだよ。間違いない」

「…………は? 充電用は、システムに接続していませんよ」

「モールスと同じだよ。ノック信号をつかっている。閉鎖システムをもつ軍事兵器をのっとるときによくつかった。トン、ツーを二進法に見立て、少しずつシステム内に電気信号として書きこむんだ。ザジが従軍した経歴はないが、どこかで戦争の手法を学んだようだ」

 ヤマはため息をつく。毎日、作業ルームと独房を往復する間、付き添うアンドロイド刑務官の充電用端子から、ウィルスを流しこんだ。途方もない日数、しかもアンドロイド一体、一体に仕込んでいった。その執念深さ、計画性を考えた上での、ため息だった。


「しかし一ヶ月おきの並列化で……」

 刑務官は尚も食い下がろうとするが、アンドロイド刑務官に接続し、解析していたプリティが

「ロック領域がありますね。中身の解析はまだですが、ザジを認識しなくなる程度は簡単だったでしょう。しかもそれはAIに機械学習させ、証拠をのこりにくくしているはずです」

「感覚や体験はフィードバックさせていない。そんなことをすれば、並列化しても個性がでるからだ。だから逆に、視覚に干渉することはたやすい。生身の刑務官がそうであるように、ザジもその監視対象から外す……という命令を書き加えればいいのだから」

 ヤマにそうダメをおされ、生身の刑務官はうなだれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る