4 電脳遺言(サイバーテスタメント)

     4.電脳遺言(サイバーテスタメント)


「ヤマさん」

 アグィに声をかけられ、ヤマはヘッドセットを外す。

「何だ、アグィ坊や」

 アグィを子供扱いするヤマは、もうかなりの高齢で、髭もじゃで顔の半分が毛でおおわれる。電脳のプロとして特公にスカウトされたタイプで。今もセーフハウス内でブースに籠り、ネットに潜っていたところだ。

「七ツ星の潜伏先をみつけられないか?」

「電脳捜査……ではないな?」

「野暮用だ」

「私的な捜査はみとめられておらんぞ」

「迷惑をかけるつもりはない。だが、片をつけなきゃいけない話があるんだ」

 ヤマはため息をつく。

「高齢者は、若い者を諫める役回りがあるが、まだその境地に達するのは難しいようだな……」


 七ツ星――。

 11年前、高尾山襲撃事件を首謀したテロリスト。元軍人で、武器の使用に長けるけれど、個人情報をすべて国家に握られており、潜伏も困難な中で、転々としながら逃げ回っていた。

 今や高尾山は首都防衛の要である。山頂にあるレーダー設備を、武装した十一人が攻めた。

 勿論、有守機動隊が防衛し、被害はほとんどなく制圧されたのだが、首謀者の七ツ星は逃亡し、各地で小規模なテロを起こすなど、未だにテロリストとして名が知られる存在だった。


「彼は流民の多い近畿圏を中心として活動していますね。以前と比べてカリスマ性がおち、示威行動のためにテロを継続している……、とされます。気にする必要、あるですか?」

 チャンはそういって、両手を広げた。彼は帰化人で、日本語が少し怪しいところがあった。

「アグィ坊やはまだ陸軍に属していたころ、有機隊の依頼で、高尾山襲撃事件に借りだされたらしい。七ツ星と面識があり、この記事をみて、そのころの記憶がよみがえったのかもしれん」

 ヤマが大画面に、一つのネット記事を映しだした。


 〝テロで三人が死亡〟――。

「犯行声明はでていないが、七ツ星の手口では? との憶測も語られる」

「七ツ星は殺しをしないことで有名、ですよね?」

 チャンに訊ねられ、プリティが応じた。

「実際、人が死んだことはあるけれど、この件では銃に撃たれ、明確に殺意をもって殺された。そこがちがう点ね」

「最近では単独で動くことが多かった七ツ星が、切羽詰まって人を殺した、というのが専らだよ」

 ヤマがそう応じると、プリティも「確か、もう70歳を超えたかしら?」

「肉体的な衰えは擬身でカバーできるが、判断力の衰えは如何ともしがたい。いくらAIでカバーしても、瞬時の決断はどうしようもない」

 ヤマはため息まじりに、そう答えた。年齢いじりは、高齢のヤマにとっても痛いところだ。


「どこまで教えたの?」

「潜伏先の候補だが、七ツ星は用心深いヤツだから、見つけられるかどうかは……」

「アグィがその七ツ星を追っていることは、間違いないね。で、どうする?」

 チャンに訊ねられ、ヤマも「私的な行動だからな。規制するわけには……」と頭を掻きながら応じた。

「しかし、特公の人間がテロリストと関係……なんて、いいですかね?」

 チャンがそういった時、セーフハウスに入ってきたラヴァナが「構わんよ。そっちにとりこまれたらまずいが、情報をききだすために、テロリストの仲間になることは違反じゃない」と応じた。

「懐、広いね。でも、今回は仲間という話じゃないよ」

「分かっている。七ツ星に対する、個人的な動きだろう。放っておけ。ヤマも言ったが、私的な行動だ」


 そのころ、アグィは京都に来ていた。大阪とちがい、戦火の被害は少ない。それは戦争のときでさえ、古都をのこす、文化的なものをのこす方に人の感情は働く。それだけのことだ。

「七ツ星、久しぶりだな」

 アグィが声をかけたのは、路地裏で焚火をしていた男だ。

「誰だ、おまえ?」

「知らなくてもムリはない。高尾山襲撃事件のとき、銃を突きつけられながら殺されなかった男だよ」

「…………」

「でも今回、手口はオマエのものだ。そしてオマエは人を殺した。世の中を糺すために、犠牲はオレ一人でいい……。それがポリシーだったんじゃないのか?」

「…………」


 そのとき、脇から走り寄ってきたのは、中学生ぐらいの少年だ。

「お父さんに何か用か⁉」

「お父さん?」

 アグィが二人を見比べる。70を超えた七ツ星は、年齢以上に老けてみえ、親子というより孫だ。

「……否、電脳遺言か」

 AIにずっと自分の行動原理について学習させると、行動を踏襲できるようになることを、電脳遺言といった。

 勿論それは、決して本人ではない。行動が似る、というだけだ。

「いつから……」

 そう訊ねようとして、アグィも止めた。かつて七ツ星と呼ばれた男は、そこにいなかった。目に生気はなく、痴呆がかなりすすんでいることを思わせた。電脳遺言をつかうと、大量にゴーストを消費する……。そんな噂もあり、あまりすすんでやる人はいない――。


「自分の子供に見立てたリーンフォースに、電脳遺言を継がせ、テロを継続していたようだ。でもあの男が目指した、犠牲を最小にするという考えは、完全には引き継がれなかったようだ。むしろ目的のために犠牲も厭わない、という思想に変わっていたんだ」

 アグィは特公にもどり、そう説明する。

「人の思想なんて簡単に変遷する。年老いて自分の行く末が見えたとき、どんな犠牲を払っても理想を成し遂げたくなった……ということ?」

 プリティが訊ねると、アグィも首を横にふった。

「まだ解析中だが、洗脳された少年が自ら獲得したものかもしれん……」


「元々、七ツ星の思想が犠牲を厭わなかった可能性も捨てきれん」

 横から口をはさんだラヴァナのことを、アグィも睨む。「どういうことだ?」

「三歳で大病を患い、リーンフォースとなった、捨てられた少年に電脳遺言を継がせようとした彼が、その子の人格を優先したとは思えん。高尾山襲撃事件では、数名の有機隊の命が喪われた。本当にその思想が浸透していたら、仲間とてそうしなかったはずだ」

 反論しようとするアグィを、ラヴァナは手で制し、つづけた。

「アグィの郷愁がどうだろうと、特公はあらゆる可能性を潰す。七ツ星が何を訴えていようと、その行動の中に、どんな手をつかっても……と考えていた可能性を拭えない以上、そう考えるべきだ」

 アグィも口をつぐむ。七ツ星がもう証言することもできない以上、追憶の中にいる七ツ星は、記憶の中だけの存在となったようだった。

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