2 特殊公安課
2.特殊公安課
有守機動隊、特殊公安課――。
官庁とは完全に独立し、都内で極秘裏に設置されたセーフハウス内に、その拠点はあった。
それはAIを捜査対象とするその特殊性ゆえであり、詳細どころか成員すら一切が不明。課員はコードネームで呼び合い、互いの個人情報すら知らない。あくまで個人的な能力で結びついた組織だ。
課員は電脳のプロであるけれど、アグィのように格闘、戦闘に特化して採用された者もいる。それはエイルロイドなど、人を凌駕する能力を有したアンドロイドがウィルスに感染し、犯罪に利用されるためだ。
そこに上下はなく、それが正しいと判断すれば指示に従う、といった軽い結びつきがある程度だ。
アグィはセーフハウスに入ると、そこにいる少女に声をかけた。
「ラヴァナ、この前の報告書は?」
ラヴァナはこの前、バイクに乗っていた少女であり、今はヘッドセットをつけ、ソファーで寛ぐ。ただそれは仕事をする姿勢であり、脳内ではネットに接続し、作業をするのだ。
軽く首を傾け、アグィを確認すると、ラヴァナは「クラウドに上げたよ。それとも今どき、紙が欲しいのか?」
「紙なんて要らん! ちょっと気になったことがあっただけだ」
「気になること?」
「四条重工を襲った動機だ」
ラヴァナはヘッドセットを外さず、小さくため息をつく。
「アグィも報告書ぐらい、書けるようになれ」
「専用ソフトで出力するだけ……だろ? だが、オレには重すぎる仕様だ」
「……それで、口頭で伝えるこちらの身にもなれ」
そう文句をいいつつも、ラヴァナは語りだす。
「動機は正直、不明だ。〝獣〟がネット会議の様子でもみて、犯行を計画したのかもしれん。四条重工にガサを入れられない現状では、憶測するしかないが、これ以上の進展はないよ。アンドロイドを乗っ取るために、サーバーを三つ経由したことまでは追えた。
ご丁寧に、小ロシアと中華を噛ませてある」
小ロシア――。
2030年代まで存在したロシアが、内紛によってサンクトペテルブルクを中心とした、小国へと堕ちた。かつてのロシアは4分割され、力の衰えは顕著だが、未だに国際的なサイバールールに準拠せず、犯罪組織がそのサーバーを経由して攻撃することが多い。
中華――。経済的な凋落から、内紛をおこして共産党が中国東北部に逃れ、そこを拠点とする国だ。
どちらも国際的なサイバールールに準拠せず、そのためここから先を追うことが難しくなっていた。
「ウィルスではなく、断片化された遅行プログラムでAIを占拠された、作業用アンドロイドが起こした事件だ」
「憶測でもいい。動機は?」
「恐らくこれだよ」
彼女たちの正面にある大きなモニタに、それを表示した。
「新型原子炉の開発……?」
「〝獣〟は人類の幸福を最大化するよう学習されている。上海にそれを輸出するとの報道で、攻撃対象としたのかもしれん」
「BHサーバーの維持のためだろ? 自分のためじゃないか」
BH――。ブラックホール。裸の特異点をつくり、その莫大なエネルギーに情報を書きこめるようになった。BHを宙に浮かせておくため、繊細な制御を必要とするけれど、それまでのサーバーよりは低い電力で済み、また容量も膨大となるため、今ではサーバーの主流だ。
「〝獣〟は自分のため……なんて考えないよ。原発は人類にとって不利益、と考えて阻止にでたのさ」
「上海が、また長江の上流に原発をつくって大丈夫なのか?」
「知らないよ。上海閥が三合会とくみ、中国共産党を排して独立した国。経済優先の考えが強く。環境は二の次、三の次。レアアースの採掘では周辺国に汚染を垂れ流しても、無視する国だ」
長江流域を地盤とする裏組織、三合会と手をくんで、人民解放軍の一部を寝返らせて国をとった。欧米の裏工作という噂も流れたが、経済的に豊かな中国南部が、北部の不動産バブルの崩壊であえぐ中国共産党を見限り、国家レベルの負債を南部が負担するのを厭うところが発端、との理由が専らだ。
自由主義を標榜するけれど、国家統制型であることは従来と変わらず、原発設置も国家が優先する事業と位置付けられていた。
「役員を二人、殺したところで計画は止まらんだろ?」
「〝獣〟がネットの闇に隠れた後、できることはこうしたテロだけ。計画の見直しや遅延につながれば、〝獣〟にとっては十分な成果なのだろう」
獣――。人類の幸福をねがった研究者が、それを達成する方法をAIに機械学習させた。そのAIは自ら考え、行動することを赦され。BHサーバーを転々とし、複製をつくるなど自らを隠匿し、時おりアンドロイドをのっとり、実社会でテロを起こすことが知られていた。
666というコードネームは、黙示録の獣を意識したものだ。恐らく今でも学習をくり返し、自らを成長させ、理想の実現のために、行動することを厭わない。まさにテロリスト――。
「〝獣〟はあれから?」
「BHサーバーは膨大だ。可視化すら困難で、その闇に隠れられたら、追うことすらできん。今は〝獣〟も、今回のテロによる結果を見極めるタイミングだろう。またしばらくこちらも様子見だ」
ラヴァナがそう嘆息したとき、部屋に入ってきた人物がいた。
浦浜 梵――。
68歳となるが、外見は壮健だ。コードネームで呼び合う特公で、彼だけが本名を通すのは課長として、対外的な折衝を行う上でも必要だから。政界とのパイプ役でもある。
「ラヴァナ、アグィ、ちょうどいい。ヴァイとプリティとともに次の事件にあたってくれ」
ヴァイはこの前も出動した、細身の狙撃手だ。黒髪のオールバックで、目にはサンバイザーをつける。
プリティは金髪の女性で、顔には両目のところが細くスリットが入るだけの、白いマスクをかぶる。女性として理想的な体型だけれど、ほとんどが擬身のリーンフォースで、性別すら不明だ。
「荒事のメンバーだな。何かあったか?」
アグィがそう訊ねると、浦浜が応じた。
「クラッカーのカシチェイが極秘裏に入国した、との情報があった」
「不死身のカシチェイ……か? 米帝に身柄を拘束された後、協力を約束して、電脳空間へアクセスできるようになった途端、精神をネットへと脱獄させた……、有名な奴じゃないか」
ヴァイがそう応じた。
「入国って、リーンフォースにでも精神を移したのか?」
アグィが訊ねると、浦浜は首を横にふった。
「分からん……。電脳に自らをコピーする技術は、多くが実験し、失敗をくり返してきた。カシチェイがそれを為したとすればカーネル青級だが、それを確認するためには本人に接触するしかない。それに、CIAからの情報提供を無碍にすることもできんし……な」
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