1 襲来する獣(666)
1 襲来する獣(666)
高層ビルの谷間を縫うように巡るハイウェイを、三輪のバイクと、重装備のRVが疾走する。
警報音もなく、基準速度を大幅に突破して走るその二台を、他の車は避けるよう道を開ける。一般車両はすべて自動運転で、緊急車両の通行を妨げないようプログラムされるからだ。
「遅れているぞ、アグィ」
バイクに乗った女性が、メットに装着されたマイク越しに語りかけてくる。
「大出力モーターを積んだって、鈍重な二人を乗せるんだ。そういうな」
自らハンドルをにぎる男は、渋い表情でそうつぶやく。彼は筋骨隆々で、助手席にいるもう一人の男は細身だけれど、自分の身体と同じ大きさのある狙撃用ライフルを手にする。
「こちらが高速を抜けたら、オファニムがくるぞ」
オファニム――。多眼の者、広域ネット監視網のこと。監視するだけでなく、一帯のネットを遮断できる権限も有する。
「アナーキーだねぇ」
アグィがにやりと笑う。オファニムによりネットが遮断されると、ネットに紐づくすべてが止まる。周りの自動運転で走る車や、介助用のアンドロイドまで、都市機能が止まり、大混乱を生むことが確実だった。
そうしても尚、捕えたい者がいる。だから彼らも車を走らせていた。
「どうせスタンドアローンじゃねぇのか?」
アグィがそうつぶやくと、バイクの女性が応じた。
「それを判断するのは現場じゃない。私たちは与えられた状況の中で、最善を尽くすのみ」
二台が高速を降りた。すると、それを待っていたように、自動運転で走っていた車が止まり、ビルから漏れていた明かりも消える。すべての電化製品はIoTとなり、それが不都合を起こしたのだ。重要な機器は擬似ネットにつながり、事なきを得るけれど、そうした対策を怠った機器はすべて止まる。介助システムなど、大ダメージのはずだ。
「私たちにできるのは、早く敵をとらえ、制限を解除すること」
女性は小さくつぶやいた。
「見えた!」
ビルとビルの間、30mを超える距離を、軽々と跳躍する人影があった。
「やっぱり、エイルロイドじゃねぇか!」
エイルロイド(Ail-roid)――。アンドロイドがウィルスなどに感染し、病に罹った(Ail)状態。
ネットが切断されたのに、動けるのはエイルロイドで間違いない。
アグィがそう呟くと、バイクが先行するのが見えた。
「私が足を止める!」
跳躍する人影も、かなり高速で逃走するが、バイクならすぐ追いつく。
ただ屋上から屋上を、飛び移って逃げる相手であり、そのままだと銃で狙うこともできない。
女性はバイクを走らせたまま、シートに立ち上がる。そのまま飛び上がると、一気に屋上を超すほどの跳躍となった。
女性はエイルロイドのいる高さまでくると、二連式の、54口径のバズーカ並みの銃を撃ち放った。
その弾丸は狙い違わず、逃げるアンドロイドのヒザを撃ち抜き、墜落させることに成功する。
30mの高さを墜ちたアンドロイドは、それでも着地し、まだ道路上で動きだそうとする。RVから飛びだしたアグィは、38口径の拳銃をにぎり、一気にその距離をつめると至近距離で撃った。
ただ肩を狙ったその弾丸は、金属がこすれ合う甲高い音とともに、かすっただけで弾かれた。
「クソ! 強化外骨格かよ」
まるで戦隊ヒーローのような姿は、そのまま硬い甲殻をもつことを意味し。特殊作業用のアンドロイドと知れた。
「だから重火器が必要、と言っておいただろ」
そのとき、耳の裏にとりつけた骨伝導による振動で、声が聞こえるのと同時にアンドロイドの首が吹き飛ぶ。
RVのところに留まり、もう一人がライフル銃で狙撃したのだった。
「高所作業、危険物取扱、そうした作業用アンドロイドも強化外骨格がみとめられたんだ。いくらそれがテロを誘発、助長するとしても、産業界の意向を、政治家は無視できんよ」
バイクに乗っていた女性は、あれだけの跳躍をしても、何ごともなかったかのようにもどってきた。
「首をとばしたが、よかったか?」
狙撃手も近づいてくる。彼は右腕をライフル銃に差しこむようにしており、その銃には引き金がない。
三人が見下ろすのは、強化外骨格をまとったアンドロイド。
ゴーストをもたないアンドロイドを、人に似せることは禁じられた。そこで、戦隊ヒーローのスーツや、愛らしい着ぐるみの姿をとる。人との親和性をもつことも重要だからだ。
「どうせ、頭から上はセンサーばかりだよ。それに、クローンならディスクを調べたところで無意味だ。通信履歴ぐらいは追えるだろうが……」
そう応じると、女性はヘルメットをとった。
存外に幼い容姿があらわれる。しかし、それが彼女の年齢を意味しない。換装率が88%を超え、脳をのぞくほぼすべてが擬身だから。彼女のように、換装率が5割を超えると、リーンフォースと呼ばれる。
「こいつが四条重工の幹部を襲った動機は?」
アグィが38口径の拳銃を、そっとしまいながら訊ねた。
「軍需産業を〝獣〟が襲うのはいつものことだよ。このタイミングなのは考察すべきだけどね」
少女は冷たい表情で見下ろしながら、そう呟いた。
警察車両が続々と到着する。
彼女らはごく一般的な〝警察〟という組織に属すわけではない。少し説明を加えておこう。
世界中で頻発する戦争、紛争をうけ、いよいよこの国でも自衛隊を軍へと再編することになった。ただそのとき、災害救助や治安維持をになう、中隊を切り離すこととなった。
有守機動隊。通称、有機隊――。
有機隊は治安維持もになうため、警察の一部、公安も移った。
そして、頻発するAIによる事件、事故を専任で捜査、解決するための組織が誕生した。
特殊公安課。通称、特公――。
彼女たちはその特公のメンバーである。
特公が捜査する対象は電脳空間、でもこうして時おり荒事も担当する。それは電脳が現実を侵食するからだった。
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