霆撃 ー未来サイバー機動部隊ー

イカ奇想

序   ~近未来、時代考証~

     序   ~近未来、時代考証~


 二〇八九年――。

 科学や技術が人々の前にあったあらゆる困難を凌駕し、多くの不可能だったことが可能となった時代――。

 脆くなった世界は形を変えつつ今にいたるが、人の形、有り様はそれ以上の変化を示す。

 あらゆる技術と人が融合した。その結果、人々の意識、考え方すら変化し、新たな争いの種となっていた。


 擬似身体(Reinforce)――。

 身体の一部、もしくはすべてを代替する人工物であり、生身との対比で〝擬身〟と称される。

 義手や義足とちがう点は、補助的なものではなく、能動的に人体を模倣し、動きを補完する点にある。

 木質成分であるリグニンを主体とした強度と柔軟性をもち、関節部はセラミックでできた強化骨格――。

 微弱な電気で収縮する、特殊ゴムを素材とした人工筋肉――。

 薄い特殊シリコンを何層も重ねて強度と、対候性を獲得した上、見た目も質感も人のそれに近づいた人工皮膚――。

 各種センサーは触覚ですら再現し、身体の一部を失うと、生じてしまう〝幻視〟といった症状を防ぐこともでき、擬身が壊れると痛みを感じ、それが交換を促すサインともなった。

 内臓はすべて代替することができるが、脳だけはニューロン結合を再現し、記憶を上書きできても、元通りに復元することができなかった。そのため、代替が不可能と結論された。

 脳だけがオリジナル、ゴーストをもつ存在として、重視する傾向も強まる。


 人体再建(Corporeal Re-Production)――。

 イモリなど、身体を再生する動物の生体を解析し、それを人に応用することが可能となった。

 iPS細胞などの人工幹細胞を用い、誘導タンパク質により、骨や筋肉、皮膚から内臓に至るまで、失われた部位をその場所で、その成長に合わせて再生できるようになった。

 それは緻密で、繊細な作業であり、半導体製造工場にも喩えられる。

 人間も胎児のころは再生力を有しており、これは時間をかけてそれを再現する試みでもある。

 長期にわたって入院、加療を要するけれど、逆に時間をかけることで失われた身体を元通りにできるようになった。


 人々は自分の姿でさえ、選択できるようになったのだ。

 人体再建は、それこそ自分の姿を更新するためにも用いられ、費用は高額となり、それをするのは富裕層に限られた。

 その結果、人体再建は富裕層のうけるもの、擬似身体をもつのは貧しい者、つまり社会的地位が低く、重要でない者、といった認識が広がり、差別別や抑圧を生むこととなった。

 しかも擬身がAIと融合し、人類を軽く凌駕する、驚異的な能力を獲得するようになると、さらに見方を厳しくした。

 ズル――。擬身により向上した。あらゆる能力は技術の成果であって、本人のそれではない。だから評価を著しく低くする。そもそも擬身をもつ者と、生身をもつ者は競争するにそぐわず、生身で為すことこそ価値がある。擬身をもつ者を、あらゆる場から排除する動きにつながった。

 さらに、AIを搭載したアンドロイドが事件、事故を起こすことが頻発するようになり、それは擬身をもつ者も……と、さらに見方を悪くする。社会的な脅威と見做されることもあった。


 人々が技術をうみ、それを発展、継承することで不可能を可能とするようになった時代――。

 でも、二十一世紀後半では、そうではない。

 科学や技術が、人類の想像を超えて人々の生活を脅かすようになり、思想や行動すら変化する。

 否、変えていかざるを得なくなった時代――。

 かつて、シンギュラリティと呼ばれていた時代が、確実に到来した。

 むしろ核爆弾が登場して以後、人々は人がつくりだした技術に怯えて暮らす時代に入ったのだ。

 それがより身近な生活にまで及ぶ問題となり、人々の心を侵食する。これはそんな時代の物語――。


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