青年と豊穣の夜

 妹の結婚式は無事に終わり、名前のない国には再び穏やかな日常が訪れました。

 青年はその間、様々な国民たちに話を聞きにいきました。

 多くの者が青年の話を聞き、意見を述べてくれ、逆に青年に相談をすることもありました。


 3等級の奴隷はというと、青年からもらった空き時間を自由に過ごしていました。

 危険のないこの国の中をのんびり歩いてると、3等級の奴隷を見て話しかける国民たちも多くいます。

 特に声をかけてきたのは、子どもたちでした。


 初めは兄の子どもたちからだったと思います。文字の読み書きでわからないところがあると尋ねられてみたところ、3等級の奴隷もよくひっかかった場所でした。

 間違える理由や確認の仕方、正しい答えを伝えると、それが分かりやすかったのがどんどん教えて欲しいと言われます。

 その賑やかさに他の子どもたちもつられてきたり、子どもをもつ魔族が自分の子にも教えて欲しいとお願いを受けることがありました。

 3等級の魔族は、時折そうして青空学校のようなものを始めます。

 沢山間違えたり考えたりしたことがあったからこそ丁寧に解説されるその様子は、とても人気を博したと聞いています。


 月日は緩やかに流れます。3等級の奴隷のメダルも、少しずつヒビが大きくなりました。

 青年は何度も眠れない夜を超えました。悪夢に起きてしまう日も少なくありません。

 宿としている家のベランダに出ては、小さな椅子に腰かけて月を眺めながら泣くこともありました。

 そしてその都度、青年の傍に3等級の奴隷は寄り添い、静かに答えが出されるのを待っていました。



 豊穣の夜がやってきます。

 実りの季節を祝うために、多くの者たちがお祭り騒ぎではしゃぎます。

 青年も3等級の奴隷も、すっかりこの国に馴染んでいました。

 飲み物を酌み交わし、同じ物を食べ、流行りの歌に耳をすませながら、他愛のない話に笑い合います。


 そうして夜も更け、祭りも無事に終わりました。

 青年と3等級の奴隷は、馴染みきった家のベランダで身を寄せ合いながら月を見ます。


 ぱき、とメダルにまた大きなヒビが入りました。

 3等級の奴隷は、きゅ、と青年の腕にしがみつきますか。


「怖いのかい」

「はい、少し」


 主従はふたりを示す関係でした。

 共にいる理由として伝えるのに便利であり、隠れ蓑になっていました。

 しかし、それはもう終わりです。

 ぱき、ぱき、とヒビが入るのを止めれません。


「随分苦労させたね。君には謝っても謝りきれないことが沢山ある」

「いいえ。滅相もありません」


 肉として購入されなくては、奴隷として共にしなければ、過ごした時間がなければ、ここまでふたりの関係は変わらなかったでしょう。


「この身はとても幸せです。生まれてきたことを何度も呪ったことがありますが、ご主人様と出会ってから随分とそれが変わりました。

 日々がとても楽しいです。明日は何をしようとわくわくします。

 そんな日常の中にご主人様が共にいることを、この身は強く願います」


 3等級の奴隷の指先が、青年の指先に絡みます。

 ぱき、とメダルの片鱗が光となって消えました。


「俺は君が思うよりとても情けなく、弱い男だ」


 青年は呟きます。


「不幸を与えることが多いかもしれない。

 でも、それ以上の幸せを与えれるように努めたい。

 朧気な未来ではあるけども、それでも許してくれるかい」


 3等級の奴隷は、ゆっくりと頷きます。

 ぱき。またひとつ、欠片が光になって消えました。


「ひとりで出来ないことも、ふたりでなら出来るかもしれません。

 それでも出来なければ、他にも頼ってみましょう。

 この国の方々は、きっとそれを許してくれます。この身も同じような方がいれば、そうしたいです」


 青年もまた頷きます。

 ぱき。メダルはもう半分以上無くなりました。


「一緒になりましょう、ご主人様。どうか共に、幸せになる怖さと戦わせてください」

「……ありがとう。俺も……」


 一瞬言葉に詰まりましたが、それでも青年は頑張ります。


「俺も君と一緒なら、多くを愛せることが出来ると思う。

 その中の一等大事な存在に、どうかなってほしい」


 震えた声ではありましたが、青年は確かにそう伝えることが出来ました。

 ぱき、ぱき、ぱきん。

 メダルが壊れ、奴隷魔法が解けました。

 ふわりと光の漂う月夜に、元3等級の奴隷だった魔族が微笑みます。


「喜んで、お受け致します」


 いちど頭を深くさげ、顔を上げたその時に、青年を待つように目を閉じました。

 その意図を青年が察しないわけがありません。

 少しだけ震えはしましたが、優しくその唇におなじものを重ねることが出来ました。


「……存外下手で、申し訳ない」

「そんなことはありません。

 でも、何度もこの先して頂けるのでしょう。であればきっと、更に上手くなるのでしょうね」


 幸せそうに笑う元3等級の奴隷に、青年は腕を伸ばします。

 元3等級の奴隷は、元々そこが自分の居場所だったかのようにすっぽりと青年の腕の中に収まります。


 じんわりとした熱が灯るのを、ふたりは理解し合ってました。

 そっと青年は元3等級の奴隷を抱え、ベランダを後にします。


「……あ」


 元3等級の奴隷は、なにかに気づいて声を上げました。


「どうしたんだい」

「あのお衣装、着た方がいいですか」


 思わぬ言葉に、青年は笑います。


「なくても充分、魅力的だろう。それに」


 ふわ、と元3等級の奴隷をベッドの上に下ろしながら笑います。


「これもまた、何度もこの先することになるのだろう」


 その中のひとつに含めることも出来るさ。

 その言葉に、元3等級の奴隷は顔を赤らめます。


「……お慕いしております、旦那様」

「俺もだよ。誰より君を愛してる」


 青年と妻になった魔族は、穏やかな笑みを交わしました。

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