青年と兄

男の顔つきは、やはりどこか青年や妹に似ていました。

青年は男の姿をみて、昨日買い出しにむかっているもう1人の兄弟がいた事を思い出します。

そして同時に、男が連れている子どもたちにも視線が向きました。

興味深そうに青年と3等級の奴隷をみている子どもたちも、どこか似通っている顔つきです。


「やぁ、初めて会う弟よ。よくここまで辿り着いた」

「……はじめまして」


青年と3等級の奴隷は挨拶をします。男は大きな口を開けて他人行儀ぶる必要はないと笑いました。


「妹の挙式と共に新たな兄弟に出会えるとはめでたい事だ。この国は楽しめているか?」

「おかげさまで。今まで過ごしてきた中で、一番居心地が良いです」


そうだろうそうだろうと、男は満足そうに頷きます。

そうしていると、子どもたちが青年たちのことを知りたがりました。


「どら、先に挨拶なさい」

「はじめましてー」

「こんにちはー」


子どもたちはぺこ、と小さな頭を下げて挨拶をします。

青年と3等級の奴隷は、微笑ましく思いながらそれに返しました。


「とても可愛いです」

「だろう。自慢の子どもたちだ」


3等級の奴隷が子どもたちの目線に合わせるよう体をかがめると、子どもたちはとことこ近寄ってきます。


「お花飾りかわいいねー」

「ふわふわのお衣装かわいいねー」

「ありがとうございます。御二方もとてもお似合いですよ」


子どもたちは3等級の奴隷を気に入ったようで、自らの名前などをあれこれ話し出します。

3等級の奴隷も子どもがすきなのでしょう。笑顔で頷きながらそれらを優しく受け答えします。


「……とても可愛いですね」

「だろう。誰もあの血が入っているとは思うまい」

「ええ……本当に」


青年の視線に、男はふっと笑います。


その時、花嫁である妹が何かをぱっとまき始めました。

それを合図に、多くのものがわいわい妹の元に集まります。


「何が始まったのでしょう」

「花まきだよ!!」

「包の中に、お花の種やお菓子が入ってるの!! くじもあるのよ!!」


子ども達は3等級の奴隷の手を引いて一緒に行こうと誘います。

3等級の奴隷はソワソワしながらも、どうしたものかと青年を見ました。


「行っておいで」

「ありがとうございます」


3等級の奴隷は、顔を輝かせて子どもたちとそこに向かいます。

この国に来て、年相応の笑顔が増えたと青年は改めて思いました。


「弟よ、お前もまた良い縁を見つけたようだな」


男が青年に笑いかけます。


「ええ。ですがまだ少し迷いがあります」


青年は視線を落とします。


「血か」


こく、も青年は素直に頷きました。

すぐ理解できるほど、男にもその悩みには覚えがあったようです。


「俺には、自分のことが汚れた存在だとしか思えない。誰かを幸福にできるとは考えられないんです。

そんな俺が、あの子と家族になってもいいのだろうか。あの子を不幸せに連れ込むのでは無いか。そう思ってしまうのです」


青年の言葉に、男は何度も頷きます。


「わかるさ、弟よ。俺もまた、同じ苦しみを持っていた。かみさんの体を汚したらどうしようと、子どもたちが邪険にされたり、子どもたちの方が誰かに害をもたらしたらどうしようと、多くを悩んだものだった」

「どうやってそれを超えましたか」


青年は男に問いかけます。


「そうだな……一言で言うのならば、それ以上の何かをしてやろうと腹を括った事だろうか」

「……それ以上、の?」


男の言葉に、青年は疑問符を浮かべます。


「ああ、そうさ。苦労や苦難を強いるかもしれない。俺の家族になったが故に、得てしまった不幸もあるかもしれない。

防ぎようのないことも、勿論ある。なら、それを超えるほどに、多くの幸せを共にしたいと考えたことかだろうかな」


男の言葉に、青年は言葉を失います。


「だってそうじゃないか。俺たちは害悪の魔族の血を引いてるが、害悪そのものでは無いんだぞ。

種を撒けば芽吹かせることもできるし、機織りをすれば布をこさえることもできる。

そう簡単で単純なものじゃあないんだ。分かるだろう」

「それは、その、そうですけども……」


でも、自分には、自分の背負うもの以上のものを与えられるだろうか。

別段何かができる訳では無い青年は悩みます。


「なに、そう難しく考えるな。

何かを与えるのに特殊な能力や魔法が必要なわけじゃあない。

辛い時に声をかける。苦しい時に寄り添う。嬉しいことがあれば共に分かちあうのもいい。

それが出来れば充分なのさ」

「それだけでいいのですか」


青年の言葉に、男は笑います。


「だってそうだろう。俺たちに何が出来るという。地を割ることも天を割くことも出来ないが、それでも見初めてくれた者がいるのだろう」


それはなぜだと思う。どこに惹かれたのだと考える。

男は青年に問いかけます。


「あるがままで、出来ることで、その不幸以上のことを超えればいい。

不幸の数も多々あるが、幸せの数も数え切れないものなのさ。

何にもできないと思いがちだが、案外幾つかは簡単に出来たりするもんだ。心は難しく、そして単純なものだからな」

「……できるでしょうか」


青年はまだ少し迷いがあります。


「できるさ。もし出来なくても、お前はもうひとりじゃない。

俺もいる。妹もいる。俺たちの家族も、俺や妹の声がかかれば共に考えてくれるだろう。

この国の者も、良い奴ばかりだ。友を作ろうとさえすれば、きっと良い縁が作れるに違いない」

「それも、迷惑になりませんか」

「なるかもな。だからそれも、その分幸せで返してやるんだ」


考えて、感じて、行動して。

忙しくて休んでる暇がないな、人生は。

そう言って男は笑っています。


「大丈夫だ、弟よ。案外世界は何とかなる。

しんどいながらにも、お前も俺も妹も、幸せになりたいと願ってここまで来ただろう。

足掻いてもがいて、共に歩きたいと願い合える者とも出会えただろう。

この先も、なんとかなるものさ。ならなければみんなで考えよう。越えれないものなど、そう無いのだから」


お前の選んだあの子は、そう弱くも無いはずだ。

そう問われて、青年は頷きます。


「俺のかみさんも、子どもたちも、妹の旦那もまたそうだ。誰もがきっとそうなんだ。

お前も大丈夫、弱くない。ここまで来れたのだから、大丈夫だ」


男は青年の肩を何度も叩きます。


「……幸せにできるでしょうか」

「できるさ」

「……幸せになってもいいのでしょうか」

「それを阻害する権利は誰にもない」


男の言葉に、青年は頷きました。


「ありがとうございます、兄さん。答えがもう少しで出せそうです」

「気にするな、弟よ。お前が悩むことはお前だけの問題じゃない。

分かちあってもらえることが幸せなこともある。俺は今、弟に頼られて嬉しいよ」


そう話し終えた頃、青年と兄の元に3等級の奴隷達が帰ってきました。


「お父様みてー!! お菓子、沢山貰ったの!!」

「くじでおもちゃも当たったの!!」


子どもたちの手の中には沢山のキラキラした宝物がいっぱいです。


「ご主人様、あの、これ……」


3等級の奴隷も青年に包みを見せます。


「花の種、だね」

「小さくて可愛いです。何が咲くのでしょう」

「さぁ、何が咲くだろう」


青年は優しく3等級の奴隷を見ます。


「裏庭に、植木鉢になりそうな空き缶があったね。そこで育ててみるかい」

「……!! はい!!」


嬉しそうな3等級の奴隷と、それをにこやかに見守る兄たちの姿がありました。

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