青年と妹

 青年と3等級の奴隷は案内してくれた女と別れ、小さな小屋の呼び鈴を鳴らします。

 からんころん。可愛らしい音が響くと、軽い足音が聞こえます。


「はい」


 かちゃ、とドアを開けて出てきたのは、どこか青年に似た少女でした。

 しかしその顔には大きなやけどの跡が残っており、皮膚の色が大きく変わっています。


「……ごめんください」

「はい、何か御用でしょうか」

「ええと、その」


 初めて会う兄弟を前に、青年は言葉に迷います。

 3等級の奴隷はハラハラしますが、青年の言葉を待ちました。


「この家に、先日亡くなった魔族の血を引く方が住んでいると聞きました。

 その方にお会いしたいのですが、ご都合はいかがでしょうか」

「……まさかとは思います。ですが、もしかして……貴方も、そうですか」


 少女の瞳が、青年の心を見透かします。

 青年は素直に頷きました。3等級の奴隷は、静かに少女の反応を待ちました。


「……苦労が、多かったでしょう」


 少女が口にします。


「貴方もまたそうだったようですね」


 青年もそう答えます。


 少女はこくり、と小さく頷きました。


「良ければどうぞ、上がってください。

 少しばかり散らかってるのですが、お茶でも飲んでくださいな」


 少女は青年と3等級の奴隷を家の中に入れました。

 少女の住む家は、小さいながらも可愛らしく、そして温かみがありました。

 花が飾られていたり、絵が掛けられていたり、生活には困っていないようです。


「……あ」


 3等級の奴隷は、部屋の奥に飾られているトルソーを見ます。

 そこにはまっしろなお花を思わせる、素敵なドレスが飾られていました。


「嫁がれるのですか」

「ええ。明日、お嫁に向かいます」


 少女はほんのりと顔を赤らめます。


「おめでとうございます」

「ありがとう。とても嬉しいわ」

「……どのような方と結ばれるのか、聞いてもいいかい」

「ええ。とても素敵な方です。私のことを愛してくださる、優しい方ですよ」


 青年の問いかけに、少女はふんわりと幸福をまとった笑顔を向けました。

 3等級の奴隷は、その笑顔がとても可愛らしく、そして美しく思います。真っ白のドレスを再び見て、そしてまた少女に視線を向けます。


「とてもお似合いだと思います。素敵なお姿なのでしょう」

「嬉しいわ。国の中に住むドレスデザイナーの友達に作ってもらったの」

「……憧れます」


 3等級の奴隷の言葉に、青年が少し視線を泳がせます。

 少女はそれに気づいて、穏やかに口元を上げました。


「もし良かったら、おふたりも明日、祝い事に参加していただけませんか」

「……いいのかい。特別な祝いは出来ないよ」

「何を仰ります。生き別れの兄弟のひとりとまた出会えました。それがどれだけ嬉しいことか、わかりますか?」


 少女の言葉に青年は言葉を詰まらせます。

 3等級の奴隷は、思わずその様子に笑ってしまいました。


「特別なことは何も必要ありません。私が是非、来て欲しいと思うのです。

 お兄様と、そして貴方と。おふたりでどうか、私達の門出を祝ってくれませんか」

「……迷惑には、ならないかい?」


 青年には自分がそこにいていいのか、まだ迷いがあります。


「ええ。私たちが主体の祝い事です。誰にも何も言わせません。

 それに、ここまで国の様子を見てきたでしょう。であれば、国の方々が血のことを何も思わないことも知っているはずです」


 3等級の奴隷は青年を見上げます。

 自分自身に自信が無い青年です。今少し決めきれないその心を、3等級の奴隷が後押しします。


「ご主人様、この身は妹様を祝いたく存じます」

「君までそんなことを……」

「ありがとう。ねぇ、お兄様。この子をひとりで遣わせるのですか。

 賑やかな中でひとりぼっちがさみしいことを、お兄様もよく知っているでしょう?」


 そう言われては、青年も答えざるを得ません。

 少女はいたずらっぽく3等級の奴隷に笑いかけます。


「楽しみだわ。とてもとても」

「この身もです」

「嬉しいわ。ねぇ、お兄様。この子の靴はボロボロじゃないですか。

 お洋服も少し擦り切れてます。明日のために、私からお節介をしても構わないかしら」

「……お節介?」


 青年と3等級の奴隷は首を傾げますが、少女は楽しそうにトランクを拡げます。


「素敵な日にしたいの。私達だけじゃなく、お兄様達にとっても、喜びのある日にしたいのよ。

 だからどうか、受け取っていただきたいわ」


 少女はそう言って、あれこれ詰め込んだトランクを渡しました。


「明日、こちらを着ていらしてください」

「いいのかい」

「ええ。私が見たいのです。それに、受け取ったら必ず来ざるを得ないでしょう」


 少女はにっこりと笑います。

 可憐な姿をしていますが、少しばかり、強かなようでした。


「ありがとうございます、妹様」


 3等級の奴隷はぺこりと頭をさげます。


「いいのよ。いいの。明日を楽しみにしていてね。私も楽しみにしているから」


 ふたりは少女に見送られて、家を後にします。


「……思いのほか、強い子だった」

「ええ。それだけ今がとても幸せなのでしょう」


 青年と3等級の奴隷は、渡された革製のトランクを見つめます。

 特に3等級の奴隷は、その中身を想像して目を光らせていました


「確かに気が変わった、なんて言えないな」


 ぼそ、と青年が呟きます。


「何か仰いましたか?」

「いや。1度宿になる場所に戻ろう。いつもと違う準備をしないといけないから」


 青年と3等級と奴隷は、穏やかな丘をゆっくりと降りていきました。

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