6:未来に続く物語
青年と名前の無い国
がたがた、ごとごと。ふたりの荷車はいくつもの道を辿りました。
中にはおよそ道とは言えないものもありましたが、それでも先というものはあるものです。
緑が生い茂っていた木々に少しずつ色がついてきたころ、ふたりは小さな集落にたどり着きます。
「ここは、なんの国でしょう」
「地図にも載ってないね」
ふたりは先人たちが書き記した羊皮紙を広げますが、確かにそこには何も書いてありません。
「丁度食料も尽きるところでした。立ち寄ってみませんか」
「そうだね、行ってみよう」
ふたりはその敷地内に入ろうとすると、門番をしていた男が気づきます。
「やぁ、いらっしゃい」
「ここはなんの国でしょう」
「なんの国……ああ、そういえばたまに聞かれるな。
でも特に名前がないんだよ。名前の無い国って適当に答えてるんだ」
男は朗らかに笑っています。
「できたばかりの国なのですか」
「できたばかりというより、いつの間にかこうなっていた、と言った方がいいかな。
ここには色んな国に行く途中の者や、どこにも行けなかった者、分からず迷い込んだ者など様々な魔族が集まってるんだ。
なにか特徴があるかと言われたら、それくらいかな」
なんにもないようで、ちょっとあって、まぁ暮らすには特に不自由はない。
そう男は門の先を見ます。
「良かったら少し過ごしてみなよ。丁度祝い事が明日に控えてるんだ。客人は多い方がいい」
「部外者が参加してもいいのかい」
「無礼者ならまだしも、祝いの気持ちを持ってくれるのならば、誰でも歓迎さ」
男はそう言って、青年と3等級の奴隷を門の中に入れてくれます。
名前の無い国は、国というには小さな土地でした。
今まで訪れてきた国に比べて魔族の数も少ないのですが、見たことのない色々な魔族が暮らしています。
「珍しい。絶滅危惧種の魔族がいる」
「ご主人様、あちらの方はとても大きな羽をお持ちです」
多種多様の魔族を見かける度に、その魔族たちは挨拶をしてくれます。
中には体を触らせてくれたり、作ってる最中の謎の道具を見せてくれたり、練習中の曲を聞かせてくれたりもしました。
「確かに色々な方々がいらっしゃいます。
しかし、喧嘩しあったり誇示しあっていないのが不思議ですね」
「そうだね。契約の国のように明確なルールもないのに、面白いね」
ふたりがそう言い合っている中でした。
ずるっと3等級の奴隷の靴が壊れてしまい、足元を滑らせてしまいます。
「わっ」
「大丈夫かい」
青年は3等級の奴隷を庇いましたが、代わりに軽く擦りむいてしまいます。
「ご主人様、血が!!」
血が流れてしまえば、その血の魔力から害悪の魔族のことを察するものが現れるかもしれません。
青年と3等級の奴隷はあわててそれを止血しようとしますが、すぐ近くにいた魔族の女が近づいてきます。
「失礼します。もしかして貴方は、昨日亡くなった魔族の血を引く方ですか」
青年と3等級の奴隷は、さっと顔を青くします。
正体が明らかになれば、また青年は疎まれます。きっとここから追い出されてしまうのでしょう。
「すまない。すぐここから立ち去るから」
「何故ですか?」
女は首を傾げます。
「だって、俺はあの害悪の魔族の血を引いている」
「でも貴方は、特に何もなさってないでしょう」
女はあっけらかんとそう言います。
「でも、しかし」
「貴方も苦労されてきたのですね。でも、ここでは特に気にしなくても大丈夫ですよ。
なんなら、その血を引く者がこの国の中にいます。初めてのことでは無いから、安心してください」
「……なんだって?!」
青年と3等級の奴隷はばっと顔を上げました。
「ええ。確か私の知る限りではおふたりです」
「ふたりも!?」
「例の魔族は沢山のお子さんを残されたのでしょう?
ご兄弟と出会う機会があるのもおかしくないのでは?」
女はにこ、と優しく笑います。
「ひとりは明日の祝い事の為に、近くの国に買い付けに向かって不在です。明日には見えるでしょう。
もうひとりはすぐ近くに住んでますよ。よければ、案内しましょうか」
女の提案に、青年と3等級の奴隷は視線を交わします。
「どう思う」
「その方は、この国でどう暮らされているのでしょう」
害悪の魔族の血のことがあり、ふたりは今までどの国にも根を下ろすことができませんでした。
しかし、その血があれども定住しているとくれば、興味も湧きます。
「いかが致しますか」
「……もし都合がつけば、案内していただいても大丈夫でしょうか」
「ええ。家の前までお連れしますね」
くるり、と振り返った女の背中には大きな爪痕が残っています。
ふたりは一瞬驚きましたが、女はそれを察してくすりと笑います。
「酷いでしょう。実の母親につけられたの」
「……痛かったでしょう……」
3等級の奴隷と青年は女のことを哀れんでしまいます。
「ええ。治らない傷です。
でも、ここではそれを晒しても何も言われません。
私は背中の空いた服を着るのがだいすきなの。今はすきな服を来て歩けるから、とても幸せよ」
女はそう言って、ふたりを小高い丘にある家まで連れて行ってくれました。
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