青年と猶予

 3等級の奴隷は、暫くその場で青年の言葉を聞いていました。

 しかし青年が何も言えなくなって少しすると、そっとその足で彼に近づきます。


「前に話したあのレッテルは、思いの外大きかったのですね」


 3等級の奴隷が思うより随分重く、青年がそう錯覚してしまうほど深く記されていたのでしょう。

 まるで、見えない刻印のよう。

 3等級の奴隷は、そう思ってしまいます。


「だって、そうだろう。流れている血は明らかだ」

「いいえ、別です。何度も伝えさせて頂きますが、ご主人様はお父様とは異なります」


 3等級の奴隷は、青年の背中を優しく抱きしめます。


「やめましょう、ご主人様。もう自分を殺すのはやめましょう。

 ご主人様がそれを刻みつける必要はございません」

「だって、それが俺なのだろう。嫌われて、疎まれて、人を傷つけてしまいかねないのが俺なのだろう」

「ご主人様と、社会がそう思い込ませているだけです」


 3等級の奴隷は伝え続けます。


「じゃあ俺は、一体なんだと言うんだ」

「ご主人様は、とても優しいお方です」

「違う、それは君の勘違いだ」

「いいえ。とても素敵で心惹かれるお方です」


 3等級の奴隷は、青年の背中を摩ります。


「誰もがご主人様を毛嫌いしても、この身は誰より愛しております。

 死ねと言われようが消えろと言われようが、この身は誰より長く、傍で生きていて欲しいと願います」


 青年は、ぎゅ、と自分の身を固めます。


「君だけだ、そう勘違いしているのは」

「この身だけかもしれません、真実に気づいているのは」

「……傍に居ると、君も死ねと言われるよ」

「その方の奴隷でもないのに、指示を聞く必要はございません」


 青年は目尻を必死に拭います。


「俺は、君を肉として買ったんだ。奴隷として傍に置いた。

 それなのに君に甘えるなど、あまりにも都合が良くないか」

「お慕いする方に甘えられて嫌なものが何処にいると言うのです。それを幸せと言うのではありませんか」


 3等級の奴隷は、青年を抱き寄せ続けます。


「一緒に帰りましょう、ご主人様。夜は少し身体が冷える季節です。

 長らくこびり付いた考えをすぐに捨てるのは難しいことだと存じます。

 だからどうか、この身と一緒に考えさせてくれませんか。

 どうすればご主人様が一番幸せに生きていけるのか、共に探らせてくれませんか」


 青年はしばらくの間動きません。

 3等級の奴隷は、青年の同意が得られるまで優しく寄り添い続けました。


「……色々と迷惑をかけて、すまなかった」


 暫くの後に、青年が伝えます。


「この身がしたいことなのです。迷惑だなんてありえません」

「……俺は、君に本当にとても酷いことをしたね」

「いいえ、ちっとも。全てこの身にとって、大事なものです」


 3等級の奴隷は、青年と共に立ち上がりました。


「……時間が、かかるかもしれない。

 でも、君の言っている意味を……色々と考えてみたいと思う」

「お供致します、ご主人様。どれだけ時間がかかっても、ずっとお傍でお待ちしております」


 ふたりは誰もいない夜道を辿り、共に部屋に帰りました。

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