青年と旅の理由
青年は人気の無い裏道をどんどん走り抜けました。灯りも付いていない裏路地は、静かな暗闇に包まれています。
自分は今、何をした。
青年は息を切らしながら駆け抜けます。
あの子に今、何をしようとした。
裸足のまま駆けるこの身体が、空気や地面の摩擦ですり減ってしまえばいいとすら思います。
試すようなことを致しました。浅ましいことを致しました。
なのにどこか期待して、そしてそのままもう一歩で、3等級の奴隷の肌を汚してしまうところでした。
裏路地を駆けていきますが、青年の足は段々速度を落とします。
歩くよりも随分と遅くなってしまった頃、行き止まりにぶつかってしまいました。
青年は声を殺して泣きました。
言葉も出てこないくらい悲しくて、惨めで、情けなさにその身体を子どものように小さく蹲らせます。
「ご主人様……」
3等級の奴隷も、息を切らしながら青年の元まで辿り着きました。
青年と同じく裸足のまま、泣き崩れている彼の元に歩み寄ろうとします。
「近寄らないでくれ!!」
青年は叫びます。
「近寄らないでくれ。こんな穢れた存在に、君のような綺麗な子が近寄らないでくれ」
3等級の奴隷は、その勢いに思わず足を止めてしまいます。
「俺は、君が思っているようなやつじゃない。君が愛していい存在なんじゃない。
汚いんだ。穢れているんだ。どうしようもなく救えない、存在してはいけないやつなんだ」
「どうして、そんなことを……」
3等級の奴隷は言葉に詰まります。
「あの害悪の魔族の血を引いているんだぞ。
誰もを傷つけ、奪い、苦しめてきあいつの血だ。
残しちゃいけないんだ。消えなきゃいけないんだ。なのに俺は……」
それを忘れようとした。
青年はぼろぼろと涙を流します。
「旅をしていた本当の理由は、弱い自分の気持ちを強めるためだった。
この血に立ち向かおうなんて厚かましいことじゃない。自害するための気持ちを強めるためだ。
自分を受け入れてくれないかと探しながら、除け者にされる度に安心していた。
やはり消えるべき存在であっていたんだと、色んな国で間違い探しをしてたんだ」
この国でも生きていけない。
あの人達からも嫌われる。
それを繰り返して、青年は死にたい気持ちを強めてきました。
自殺をする勇気がなかったのが、弱い青年の本心です。
だから他の人たちの悪意や敵意を集めては、やはり死ぬべきなのだと確信し続けてきたのです。
「なのに、君と出会ってそれが変わった。
初めは死ぬ身が誰かを殺してまでも長らえる時間に意味は無いと思っていた。
君を連れてきたのは、ただの気まぐれだったんだ。便利に使って、生きるための間の暇つぶしでも出来ればいいと思っていた」
そんな青年の気持ちなど知らず、3等級の奴隷は彼に親しみを覚えてきました。
よく笑い、よく話しかけ、3等級の奴隷と過ごす時間の意味は、青年にとってどんどん温もりを感じるものとなりました。
「間違ってるとわかっていた。死ねと言われない唯一のエラーなのに、俺はそれをすぐに切り離せなかった。
多くの魔族の敵意より、君ひとりの言葉や仕草に、生きる意味の錯覚を抱きたいと思ってたんだ」
そして今日、青年はその一線をもう少しで越えようとしました。
3等級の奴隷とならば、生きていけるかもしれない。そう青年は思ってしまったのです。
「ダメなんだ。俺は残ってはいけないんだ。
父親と同じように死んだ方が、みんなの幸せのためなんだ。この血は決して、残してはいけないものなんだ」
誰もがそう思っている。誰もがそう望んでいる。だから、そうするのが1番だ。
青年はそう言って、また涙に言葉を失いました。
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