青年と境界線

 夜の闇が、次第に深まってきます。

 青年はベッドで身体を休ませていましたが、ぎし、と近づく足音に声をかけました。


「それはいけないことだと、前にも伝えたよね」


 例の薄い衣装を纏った3等級の奴隷は、ぐ、と言葉を飲み込みます。


「刻印より深い傷がつくんだよ」

「傷だなんて、思いません」


 3等級の奴隷は、する、と青年の傍に身体を滑らせます。


「ダメだと、言って……」


 青年は3等級の奴隷の手を払おうと身体をむけます。

 しかしふとみえてしまったその姿に、思わず声を失ってしまいました。


「……本気、なんです」


 3等級の奴隷は、青年に覆い被さるようにして涙を零します。


「本気です。ご主人様と離れたくないのです。

 ご主人様がどこかへ行ってしまうのならば、この身はご主人様と切れない関係を作りたいのです」

「……っ、それが、何を意味して言ってるのか、わかっているのかい」


 存じています。

 するり、と3等級の奴隷は青年の首元に唇を寄せます。


「お慕いしております、ご主人様。心から、ご主人様のことを思っております」


 青年の身体が熱を持ち始めたことを、3等級の奴隷は理解していました。

 3等級の奴隷にはそれが堪らなくうれしくて、声をこぼしそうになりました。


 細い指を青年のシャツの中に忍ばせ、熱い息を軽くあげます。


「ご主人様はそのままで大丈夫です。あとは、この身が致します」


 やり方は、奴隷学校で学びました。筋はいいと、褒められたこともあります。


「ご主人様に、全てを捧げたく存じます。

 だからそのまま……この身に全て、委ねてください」


 そう伝えた直後です。

 3等級の奴隷の視点が、ぐる、と回りました。

 気づいた時には青年と位置が入れ替わっており、その瞳は青年を見上げることになります。


「あっ」


 3等級の奴隷は、思わず声を上げてしまいます。


「どうだ、怖いだろう」


 青年は3等級の奴隷を組伏します。


「君を力で抑えることなんて、俺には簡単に出来る。

 このまま君の体を暴くことも、壊れるまで犯すことだって出来るんだぞ」

「……っ、ご、ご主人様……」


 3等級の奴隷の瞳が揺らぎます。

 ですが、その揺らぎも瞬きののちに収まりました。


「……それを、お望みなら……」


 3等級の奴隷は、か細い声でそう伝えます。


「愛した方からそう望まれるのなら……この身は、それを受け止めます」


 青年はその言葉を聞いて、ぴたりと動きを止めます。


「構わないです、ご主人様……

 何度もお伝え申し上げます。この身は、どこまでもご主人様のものです」


 3等級の奴隷の腕が、する、と青年の背中に絡ませます。

 青年は大きく視線を揺らがせたのを、3等級の奴隷は見逃しません。


「愛しております。どうかこの身に、愛情を教えてください……」


 3等級の奴隷の指先が青年の下着に伸びたその瞬間、ばっと青年はそこから離れました。


「ご主人様!?」


 3等級の奴隷の声など聞こえないように、青年は部屋から出てしまいました。


「待って!! 待ってください、ご主人様!!」


 3等級の奴隷は上着を纏って、青年を追いかけます。

 しかし、青年の足は早く、そう簡単には追いつけません。

 裏路地に入ったところまでは見えましたが、直ぐにその姿を見失ってしまいました。

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