5:資格のなかった青年の話
青年と契約の国
契約の国はその名の通り、多くの約束事やルールで固められている国です。
売買、就業、マナーや交通に関する規制も細かく取り締められており、入国者にも数多くの契約を結ばせることで有名でした。
「数日滞在するだけでも、こんなに沢山のルールを守らなくてはならないのですね」
「逆に言うと、ルールに守られることにもなる。
ここでは傷害事件を起こすことは禁止されているんだ。だから、万が一俺のことがあったとしても襲撃を受けることは無いだろうよ」
ちらちら青年を見る魔族の視線を掻い潜りながら、青年と3等級の奴隷は、沢山の羊皮紙にサインをします。
他の国の何倍もの時間と労力はかかりました。しかしどうにかこうにか、契約の国への滞在が許されることとなります。
「さすがに国の中はキチンとしてますね」
「ああ。真面目な魔族が多く暮らしているみたいだからね」
ぱっと見るだけでも大きな事件や事故はなさそうです。
さて、青年は3等級の奴隷を連れて、とある建物へと向かいました。
それは魔法に関する契約事を取り締まっている役所のようなところです。
多くの魔導書が壁いっぱいにずらりと並んでおり、館内は多くの魔族で賑わっています。
「奴隷魔法に関して尋ねたいのですが」
青年が受付に声を掛けると、受付は慣れた様子で羊皮紙のセットを準備します。
「奴隷魔法の更新に関するご相談事でしょうか」
「話が早いね。魔法自体に何かあったというのかい?」
青年が尋ねると、受付はなにやらびっしり書かれた羊皮紙の束を渡します。
「今主流になっている奴隷魔法は、大気中のマナの比率変動で使えなくなっているのですよ。
聞いたことがあるでしょう。十数年前に氷結の魔法等が使えなくなったことを」
「随分珍しい。あれと同じことが起きているのかい」
それを聞いた青年は驚きます。
魔法を使えず、そして肉として生きていた頃の情報に疎い3等級の奴隷は、一体何が起きているのかわかりません。
しかし間に入ることも不躾なので、話を聞きながらその内容を察しようと努力します。
「マナの比率変動が起こるとすれば、何かしら大きな事件があったのだろうか」
「おや、存じておりませんか。
魔界の頂点に居座っていたあの害悪の魔族が、無事に殺されたそうですよ」
青年と3等級の奴隷は思わず声を失います。
「誰に、どのように殺されたのかは、知ってるかい」
「そうですねぇ、私が知ってる限りだと、害悪の魔族の血を引く子どもだと聞いてます。
悲惨な最後だったそうですよ。まぁ最も、退治したその子どもも、ろくな存在ではないでしょうが」
受付はざまあない、とケラケラ笑います。
青年も3等級の奴隷も、声を繋げることができません。
受付はそれに気づかず話を続けます。
「まぁそのおかげで、マナの比率が随分と変わっているそうです。
使えなくなった魔法の一覧と、代案となる魔法の一覧がそこに纏められてあるので、よく見ておいてください」
「……ありがとう」
青年はそれを受け取って、3等級の奴隷と共に建物をあとにしました。
「大丈夫ですか。ご主人様」
「……大丈夫だ。なんともないよ」
青年は羊皮紙を片手に、ぼんやりと空を見上げます。
「顔も知らない父親なんだ。何も感じることは無い。
むしろ、仕方ないとすら思う。色んなところで迷惑をかけ、被害を齎し……自業自得なんだろう」
「……そうですか」
3等級の奴隷は、心配そうに青年を見つめます。
「殺されて当たり前だ。死んで欲しいと俺も思っていたのだから。
みんなも、安心しているだろう。このまま、その穢れがどんどん消えてくれたらいいと願っているに違いない」
「そんなことは……」
青年は少しの間そうしていましたが、ただ空を見つめても何も変わることはありません。
「不要な存在だったんだよ。何かしらの弾みで生まれたズレは、淘汰されなければならないんだ。
消えなきゃいけないんだよ。残っても残してもいけない……それが、みんなの幸せの為なんだ」
「……ご主人様……?」
その瞳が暗くなっているのを、3等級の奴隷は酷く心配します。
「……ごめんよ。話がズレたね。宿に戻って、調べ物をしようか」
「はい……」
青年は頭を振って、今晩泊まる宿に向かって歩きだします。
青年の手がとても寂しそうに揺れているのを、3等級の奴隷は見つめます。
しかし、3等級の奴隷には、それを取る資格がありませんでした。
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