青年と舞
「どちらへ向かうのですか」
「この先に、奉納の舞という催しがあるそうだよ」
「奉納の……舞ですか?」
「この地域に伝わる伝統的な踊りらしいよ。なかなか見れない代物だが、とても綺麗なんだ」
青年はどうやらそれを見た事があるようです。
青年たちは小さな広場に出ました。
奉納の舞の前に幾つか催しが行われているそうで、今は舞台を中心に神楽が披露されています。
……しまった、仲間を探さなくては。
3等級の奴隷は、ようやく目的を思い出しました。
慌てて周りを見渡し、魔族の体つきや装備などを確認します。
3等級の奴隷は、立派な斧を持つ魔族を見つけました。
この者は強そうですね。
そう思った3等級の奴隷ですが、その魔族には既に多くの仲間がいました。
……この者は、賢そうですね。
別の魔族を見てそう思った3等級の奴隷ですが、家族らしき人々に囲まれていました。
3等級の奴隷は、周りをぐる、と見渡します。
みんな誰かしらの相手がいます。家族や恋人や、友達がいます。
ひとりぼっちなのは、誰もいません。誰ひとりとして、寂しそうな顔をしたり、誰かを探している様子はありません。
「……どうかしたのかい」
暗い顔になった3等級の奴隷に、青年が声をかけます。
「いえ……」
3等級の奴隷は何かを言おうとしましたが、言葉に迷います。
「ご主人様は、仲間を募ったりはしませんか」
「昔はそうしたこともあったよ。でも、やはりどこかで切り離されたんだ」
「友達を作ったりは」
「何度か裏切られ、疲れてしまった」
「……恋人、は」
「出来ると思うかい」
こく、と3等級の奴隷は頷きますが、青年は首を横に振ります。
「こんなに恐ろしい男が傍にいて、安らげる者はいないよ。
君が逃げ出していないのが、本当に不思議なぐらいなんだ」
「ご主人様は、恐ろしくなどありません」
「よくわからないな。俺ですら俺のことが嫌いなのに」
「……嫌いになど、なれません」
3等級の奴隷の目頭に、じわり、と涙が滲みます。
どん。涙が流れ出しそうになったその瞬間、大きな音が聞こえました。
3等級の奴隷はビクッとして、思わず青年に抱きつきます。
「大丈夫、みてごらん」
青年は3等級の奴隷の背中を支えながら、舞台を指さします。
太鼓の音に合わせて、舞台には美しい衣装を着た女性が現れました。静かな動きから始まった舞は、音楽に合わせて少しずつダイナミックなものとなり、見ている者達を惹き付けます。
「……綺麗です」
「ああ、綺麗だね」
青年と3等級の奴隷は揃ってその舞を見あげます。
多くの魔物が笑顔でそれを楽しんでいます。子どもたちははしゃぎ、酒に酔ったもの達は歓声をあげてます。
3等級の奴隷は、ふと青年の横顔を見上げました。
舞台の光を映した瞳がとても綺麗で、思わず目を奪われます。
「どうしたんだい」
「……いえ」
3等級の奴隷は、失礼に値する行為だと思い、慌てて視線を逸らしました。
肩を組んで歌う魔族たちがいます。
子どもを肩車して楽しむ家族がいます。
ふと、手を繋ぎ合う恋人の魔族たちに、3等級の奴隷の視線が向きました。
穏やかで、温かそうで、なによりとても幸せそうな表情で寄り添いあっており、思わず心を奪われます。
青年にも、誰かあのような方がいたならば。
3等級の奴隷は、そう考えます。
青年は恋人など出来るはずもないと言ってましたが、3等級の奴隷には全くそう思えません。
きっと素敵な、美しい、優しい方が青年を見つめてくれると強く強く信じてます。
3等級の奴隷は、その姿を思います。
青年の手をしっかりと繋ぎ、寄り添ってくれる魔族のことを想像します。
頬を寄せるその者に、青年も安らかな顔をするのでしょう。心から幸せそうに笑ってくれるかもしれません。
その時、この身はどうしているでしょう。
すこしだけ、ちり、と何かが心の中で痛むのを、3等級の奴隷は感じます。
しかし、それが何なのか、どうしてなのかは分かりません。
ただただ苦しく、息が詰まるようで、どこか恐ろしくもありました。
「大丈夫かい?」
「大丈夫、です」
3等級の奴隷は自分自身の手を握ります。
3等級の奴隷の手を取れるのは、己自身しかありません。
「……ご主人様」
「なんだい」
3等級の奴隷は1度深呼吸をして伝えます。
「何がどうあっても、この身はご主人様を支えます」
青年に寄り添うものがいたなら、その方も守ろう。青年に子どもが授かったなら、その子どもも守ろう。
それがきっと、自分の使命なのだと3等級の奴隷は強く思います。
「……頼もしいよ」
青年はどこか苦しそうな声でそう伝えます。
しかし3等級の奴隷には、上手く隠された感情の向こう側に気づくことは出来ませんでした。
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