青年と湯治

 青年と3等級の奴隷は、国の近くにある森に荷車を隠します。

 泉の国はその名の通り、色んな効能の温泉が湧き出ることで有名でした。

 国の中はもちろん、国の外にも少しばかり温泉が湧き出ており、ふたりは運良くそのひとつを見つけることができました。


「温度も成分も問題ない。このお湯なら、入れるよ。

 都合よく、治癒の効果も備わっている。傷も早く治るだろうね」


 青年は小さな温泉に手をつけて、その様子を確認します。


「先に入っておいで。ひどく身体を疲れさせているだろう」

「良いのですか」

「構わないよ。周りは俺が見張っておくから、ゆっくり休んでくるといい」

「ありがとうございます」


 3等級の奴隷はその言葉に素直に従います。


 青年が離れたことを見計らって、3等級の奴隷はする、と衣服を脱ぎました。

 青年が守ってくれたおかげで、3等級の奴隷に大きな怪我はありません。

 しかし、細かなものは沢山ついており、綺麗な柔肌とは言えない代物です。

 くすみ、瘡蓋が張られ、消えない傷跡になっている物もありました。


「……温泉……綺麗になるといいのですが……」


 戴いた指輪がお湯の効果で痛まないよう、大事に大事に抜き取ります。

 3等級の奴隷は川辺で使うのと同じように、小さくなってる石鹸などを使って身を清めました。


 長く買い物が出来ていなかったので、色んなものが削れています。

 そんなふたりに、足元を見た値段で売りつけてくる商人もいて、嫌々うなずかざるをえないこともありました。


「…………」


 それを思い出すとすこし涙が出そうになりましたが、3等級の奴隷はそれを堪え、温泉にそっと足を入れました。


「あたたかい」


 ほっとするお湯に、ゆっくりと身体をつけていきます。

 ふわ、と香る独特な匂いも心を優しく包みます。

 思わず緩んだ声が零れ、周りを見張っていた青年にも届いてしまいました。


「湯加減はどうだい」

「あの、とても、いいです」


 気が抜けきったところを知られ、3等級の奴隷は顔を赤らめます。


「すまない。あまりにも気持ちが良さそうだったから。気にせずのんびり過ごすんだよ」

「ありがとうございます」


 3等級の奴隷は口元まで身を沈めて、火照りをお湯のせいだと思うことにします。

 治癒の力は確かに効いているようで、3等級の奴隷が少し温泉に浸かるだけでも細かい傷は消えました。


 これならご主人様の傷も早く癒えるだろう。


 3等級の奴隷はほっと安心します。

 治療の魔法を使えれば、3等級の奴隷も青年を癒せれたかもしれません。

 しかし、3等級の奴隷には魔法を上手く使いこなす素質はありませんでした。

 丹念に水で洗い流したり、薬草を塗ったり、包帯を取り替えるのが限界です。


 もう少し、この身に出来ることがあったなら。


 3等級の奴隷は考えます。

 美しい外見も広い知識も、魔法や武器を振るう力も3等級の奴隷にはありません。か細い腕では、倒れかけそうな青年をなんとか支えることしか出来ません。


 向けられる敵意に、苦しさや悔しさを忘れることは難しいことでした。

 しかし、青年は進んでその敵意を摘み取ろうとしたり、どうせやられるならこちらから、と迎え撃つことも良しとしてくれません。


『敵意は新たな敵意しか生み出さないからね。

 思うことは多々あるよ。しかしここで抑えないと、自分も本当に災害の魔族になってしまう』


 道中聞いた青年の言葉を思い出し、3等級の奴隷は淀んだ思いを湯船の中に溶かします。


 せめて、他に誰か居てくれたなら。


 3等級の奴隷は考えざるをえません。

 共に敵意と戦ってくれる方がいらっしゃれば。

 優しく癒してくれる方がいらっしゃれば。

 そうすればきっと、青年の苦しみも少しは晴れるはずなのに。


 3等級の奴隷は考えます。これから向かうのは、観光地。色んな魔族が温泉を楽しみに来るのでしょう。

 ならば、青年に似つかわしい仲間が見つかるかもしれません。青年を支えてくれる誰かがいるかもしれません。


 探しましょう。ご主人様のために。

 3等級の奴隷はそう決意します。


 そうすれば、ご主人様ももっと楽に過ごしていただくことができますから。


 3等級の奴隷は、何度もうんうんと頷きます。


 3等級の奴隷の怪我はすぐに良くなりました。

 青年の傷はその倍かかりましたが、それでも出血は止まります。


「そろそろ入国しようか。今度は怪我をしないように」

「お供します」


 ふたりはいつ何時でも逃げれるように荷車を森の中に隠したまま、怪しまれない程度に変装もします。

 不安を感じながら、しかしどこか期待を膨らませながら、3等級の奴隷は青年と共に泉の国に入国しました。

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