青年と保護団体

 荷物を起き、体を清めたふたりは、宿屋でのんびりと寛いでいました。

 冷やされた果実の汁で喉を湿しながら、他愛のない話を繋げています。


 そんな部屋の扉を、とんとん、と叩く音がしました。

 3等級の奴隷が出たところ、何人かの国民たちが頭を下げます。


「ごめんください、旅人さん。私達は、花園の保護団体です」

「こんばんは。どのような御用でしょうか」


 青年が3等級の奴隷の後ろから顔を覗かせます。


「私達はこの美しい花々を守るため、日夜奮闘しております。

 畑を耕し、種をまき、害虫を駆除しながら花々を美しく保っております」

「そうでしたか。お陰様で素敵な景色を楽しむことが出来ました」

「喜んでいただけて何よりです」


 青年の言葉に、保護団体の国民たちは笑みをこぼします。


「とくれば、話は寄付のお願い、といったところでしょうか」

「話が早くて助かります」

「結構。少しばかりではありますが、楽しませていただいたお礼をさせてもらうとしよう」


 青年は皮袋の財布を広げようとしますが、保護団体の国民たちは首を振ります。


「申し訳ございません、旅人様。募っておるのは、金銭や宝石の類ではないのです」

「とすれば、なにをお求めだと言うのでしょう」


 3等級の奴隷は首を傾げて尋ねます。


「はい。私達が頂戴したく思うのは、貴方様方の血液です。

 この国の花々は、数多くの血を混ぜた肥料で育っているのです。

 混ぜれば混ぜるほど、複雑で素晴らしい花が生まれるのです。どうか、貴方様方の血をわけていただけませんか」


 その話を聞いて、3等級の奴隷はぴしと固まってしまいます。

 あの美しい花々が血を吸い上げ育ったなどとは思いもしませんでした。


「断ればどうなりますか」

「そのような決断をされた旅人達はいないと聞いています」

「物騒だね。国の外見に似つかわしくない」

「どのような草花も根は地味でしょう」


 保護団体の国民達は血液を吸い上げるナイフを3等級の奴隷に渡します。


「主人である貴方様が拒むのであれば、2倍程、奴隷から戴くという道もございます」

「勘弁しろ。それだけ血を流せばこの子は気を失ってしまう」


 震えながら受けとってしまった3等級の奴隷から、青年はナイフを取上げます。


「し、しかしご主人様……この身は、ご主人様の為なら、血を捧げる程度、なんとも怖くございません」

「相変わらず君は嘘が下手だね」

「本当で御座います」


 3等級の奴隷は青年の袖をひきます。


「どちらでも構いません。どちらともでも構いません」

「俺の血だけで充分だ」


 青年は自らの腕にナイフの切っ先を当てると、ナイフが血を吸い始めます。

 どろ、とした赤く濃いその血に、3等級の奴隷は思わず目を閉じてしまいます。


「……っ、この魔力は!?」


 ナイフを渡した国民は、がたっと青年達から離れます。


「お前!!お前はあの魔族の血を引いているだろう!!

 数十年前、この国を滅ぼかけたあの魔族の血を!!」


 国民たちはざわつき、3等級の奴隷は青年と国民との間を何度も見比べます。


「あの魔族の!?」

「あいつのせいで、何人もの仲間が死んだ!!

 みんなも覚えているだろう!!

 土地も台無しになり、ここまで長い時間がかかったあの時代を!!」


 国民達の間に広まった困惑は、どんどん怒りを帯びてきます。


「何をしにここへ来た!!」

「お前もまた災害を齎すのか!!」

「女と子どもを隠せ!!」

「戦え!! あの時の雪辱を果たすぞ!!」


 わぁ、と叫びや怒鳴りが広がる中、青年はナイフを捨て、3等級の奴隷を抱えて窓から飛び降ります。


「ご主人様……!!」

「荷車を引くんだ、この国から出るよ」


 恐怖に震える3等級の奴隷を宥めながら、青年はどこか冷静に判断を下します。


 出ていけ!!出ていけ!!


 国民たちの声が響き渡ります。


 出ていけ!!出ていけ!!


 火や矢が向けられますが、3等級の奴隷は荷車を押しながら必死に逃げ、青年は殿を務めながらそれを抑えます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る