3:ひとりぼっちだった青年の話
青年とうやむやな疑問
ある日の昼下がりです。
草むらの陰に隠れ、3等級の奴隷は弓矢を構えていました。
「む……」
きりきりと弦が引っ張られるなか、少しブレはしますが矢の先は草むらの向こう側にいる野兎に定められます。
きり、きり、と弓柄がしなり、手を離したその瞬間、矢が野兎の首元に当たりました。
「や、やりました……!!」
奴隷学校で教わった狩りの仕方ですが、ようやく実践での成功に繋がります。
「ご主人様、見てください。今日は野ウサギの香草焼きが……」
そう振り向いた瞬間です。
3等級の奴隷に向かって、狼の巨大な躯体が飛びかかってきました。
叫び声すらあげれない3等級の奴隷。狼は獲物を捉えきったと笑うように口を開けます。
爪先が柔らかい肢体を傷つけようとしたその刹那、鋭い閃光が狼の開いた口に走りました。
「ひ、わ…………」
頭蓋骨を抉るように脳天を切り取られた狼は、死んだことすら分からない表情で木の幹に転がります。
3等級の奴隷は震える視界でそれを見ましたが、やがて自分を守ってくれた切先が鞘に収まる音で正気を取り戻します。
「あ、ありがとう、ございます、ご主人様……」
「大したことは無い。次は周りにも気をつけるんだよ」
青年は3等級の奴隷に手を差し伸べて起き上がらせます。
3等級の奴隷は未だに震える体をなんとか抑えて呼吸を整えました。
3等級の奴隷は青年と、しばらくの間、旅を続けていましたが、青年ほど強い魔族を見た事がありません。
力を誇示するもの、知恵を持つもの、魔法を駆使するものと沢山の魔族を見てきましたが、青年が1番強いと断言できるほどです。
「申し訳ありません……完全に、周りを見失っておりました……」
「初めは俺もそうだった。少しずつ慣れてくるよ。その証拠に、弓矢も前より上手くなったじゃあないか」
青年は狼と野兎を慣れた手つきで捌きます。3等級の奴隷も顔色を変えることなくそれを手伝いました。
「ご主人様は、随分と強くて立派です。さぞ人気があったでしょう」
青年と共に香草焼きを口にしながら、3等級の奴隷は尋ねます。
「そうでもないよ。現に友人といえる存在を見たことがないだろう」
「恋人は、いらっしゃらないのですか?」
青年は優しい顔つきで首を振るだけです。
「そのような試しはない。顔の作りも性格も良いとは言えないからね」
「そんなことはありません!!」
3等級の奴隷は思わず声を大きくしてしまいます。
「すいません……」
「構わないよ。驚異があれば、切ればいいだけの事だからね」
「ご主人様なら、難なく出来るでしょうね……」
1等級の剣士が持つ宝石の輝きを見て、3等級の奴隷は答えます。
「しかし本当に、そんなことはないのです。
ご主人様は、とても素敵な方だと思います」
「そうかい。お世辞でも嬉しいよ」
「……お世辞を言えるほど、頭も器量もよくありません……」
3等級の奴隷は、草花を煎じたお茶を啜りながら呟きます。
「不思議で仕方がありません。伴侶はまだしも、誰もご主人様の魅力を理解しようとは思わないなんて」
「今日は随分と褒めてくれるね」
「だって、そう思えて仕方がないんです」
3等級の奴隷は疑問を抱えたままでしたが、青年はのらりくらりとそれを交わします。
時折その瞳に影を感じましたが、3等級の奴隷はその身分からそこまで踏み込んで聞くことは出来ませんでした。
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