青年と知足

「……元々、俺の母親は無理やり俺を身篭らされたんだ。

 権力や暴力によって本来結ばれるはずだった相手から引き裂かれ、無理やり体を開かされた」

「…………」


 元肉は、青年の話を黙って聞きます。


「母親は随分と苦しんだ。その上、別の暴力によって命を奪われた。

 力が全ての世界だからと認識はしている。

 でも、それで全てを変えられるとは思わないし、思いたくないんだよ」

「主従関係もまた、力のひとつだと?」

「そうだろう。だから、こうしたことを学ばされる」


 青年の言葉に、元肉は俯きます。


「……ですが、ご主人様……これを会得しなければ、1等級の奴隷にはなれません。最低ランクの、3等級です」

「嘘もだめなのかい」

「先生方は、見抜かれます」


 青年は溜息をつきます。


「俺は、そうしたくないし、してほしくない。父親と同じことをしたくないし、母親と同じ目に君があってもほしくない。

 しかし、どうしてもという君を止めるのも、また力の一環だとしたら、それも止めるべきだろう」

「……この身は、ご主人様にしか、捧げたくありません」

「ならば、答えは1つだけだ」


 元肉はへた、としゃがみます。


「この身は、肉にもなれませんでした。そして、1等級の奴隷にもなれません」

「……ごめんよ」

「ご主人様のせいではありません……しかし、しかし、この身はどうすればいいのでしょう。

 どこまでも中途半端で、どこまでも情けない。

 何をしても達成したとは言い難いこの身は、なんだと言うのでしょう」


 青年は元肉の髪を優しく撫でます。


「3等級でも充分とするのは、だめなのかい」

「……ご主人様に、恥をかかせてしまいます」

「掃除ができて、洗濯ができて、炊事も文字の読み書きも出来るだろう」

「それはみな、当たり前にできることです」

「当たり前ではなかったのを、君は知っているはずだよ」


 元肉は、口を噤みます。


「数字や成績は、どうしても目に付いてしまう。明らかだから、己と他者を比べてしまう。

 でも、細分化してみれば、随分と似通っていたりもするものだ。

 君は沢山のことが出来るようになったじゃないか。数え切れないほどだ。少しばかり出来なくて、何が悪い」

「…………完璧じゃなくても、許されますか」

「隣にいるのが背伸びをした1等級より、自然体な3等級の方が、俺は息がしやすいと思うよ」


 青年の指先の温かさに、元肉はまた涙を堪えきれません。


「もう、休みなさい。明日も学校があるだろう。

 行きにくければ、やめてもいい。また旅に出れば良いだけだ」

「……いえ……」


 元肉は首を振ります。


「最後まで、学校に向かいます。何も無いより、3等級でもいただけるのなら、少しはマシになるでしょう」

「……無理をしてはいけないよ」


 青年はまたシーツを被ります。


「……おやすみなさい、ご主人様」

「おやすみ。風邪をひかないようにするんだよ」


 元肉は頷いて、服を着込みます。

 しばらくの間涙が止まりませんでしたが、なんとか嗚咽をこぼさないようにそれを堪えました。

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