青年と震える足音

 ある夜です。青年がベッドで寝ていたところ、床鳴りが聞こえて目覚めます。

 はじめは、元肉が手洗いにでも向かう音だと思いました。

 しかし、1度離れて戻ってきたその足音が、すこしずつ、すこしずつ近づいてきます。


 青年は思わず、枕元に置いた刀に手を伸ばします。

 何が分からないのが魔界です。信じたくはありませんが、元肉が命を狙うのであれば、それを防がねばなりません。


 そ、と指先が青年に触れようとしたその瞬間、青年は刀を抜いて構えます。

 視界で頼れるのは、薄いカーテンから見え隠れする月明かりしかありません。

 しかしその中でも、青年ははっきりと、元肉の姿をとらえることが出来ました。


「……………………どうしたって、言うんだい。その、格好は」


 青年は驚いて、しばらくの間、声が出せませんでした。

 それもそうでしょう、元肉が纏っていたのはいつもの服ではなく、薄いチュール生地の透けた下着だったのです。


「が、学校での、課題……です……奴隷にとって、必要なことだと、聞きまして……」


 元肉は震えた声で視線を下に向けます。


「夜伽をしろ、と?」

「それも、い、1等級の奴隷の嗜みだからと、聞いております……」


 青年が視線を背けていると、元肉が震えた指で青年の手を取ろうとします。


「やめないか。俺はそれを望んではいない」

「でも、しかし」


 元肉は食い下がります。


「たしかに、この身は端麗な顔でもなければ、柔らかな肌でもありません。

 しかし、先生からは、技術でなんとでもなると、学びました……」

「……実践を、教わったのかい……?」

「い、いえ。口頭での説明だけです……

 本番は貴重なものだから、ご主人様に捧げなさいと、承りました……」


 青年は安堵したような、混乱したままのような、謎の感覚に包まれます。


「…………模造品の扱いは、上手いと評価されました。だから、きっと、上手にできると思います」


 素肉の手が、青年の体に伸びようとします。


「だめだと言っている。どうしたって、それは許さない」


 青年はその手を掴んで拒みます。


「……何故ですか」

「何故って」

「…………この身は、抱く価値もありませんか」


 ぽろ、と元肉が涙を流します。


「貧相な体だとは、思います……けど、精一杯、尽くします。

 この身は、食欲の肉にはなれませんでした。しかし、きっと、ご主人様を喜ばせる色欲の肉になれるかもしれないのです」

「よさないか。君は肉になる素質はないと、伝えただろう」

「覚悟はあります」

「震えてるその体と声で、か?」


 元肉は、ぽろぽろと涙を流します。

 青年は視線を逸らしたまま、手を離します。

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