青年とおにくの劣化

「大変申し訳ありません」


 食欲の肉とされた魔族は、何度も頭を床に擦りつけます。


「精一杯やったんだ。仕方がない」

「申し訳ございません。せめて2年間はご主人様がこの家で過ごせれるよう、良い肉に育ちます」


 食欲の肉とされた魔族は、泣きながら許しを乞いました。


 しかし、食欲の肉とされた魔族は、その日以降めっきり食べ物を受け付けなくなってしまいました。

 何度も口に運びますがその都度戻し、体に力が入らず運動をすることも敵いません。


「申し訳ございません、ご主人様……」

「まだ時間はある。ゆっくり、治すといい」


 青年は看病を続けますが、食欲の肉とされた魔族は一向に良くなりません。

 細く痩せてしまった姿を見て、青年は言葉を失います。

 肌はくすみ、髪はボサボサになり、店で買った時よりはまだマシだとしても、2年間の権利は得られないでしょう。


 最後の夜が来ました。

 食欲の肉とされた魔族はなんとか食べ物を飲み込もうとしますが、青年がそれを止めさせます。


「もういいよ。きっとこれが限界だろう」

「いえ、一日でもご主人様が長くこの家にいることができるなら……」


 しかしどう詰め込もうとしても、やはり吐き出してしまいます。


「充分だよ。君はよくやってくれた」

「ですが、ですが……」


 食欲の肉とされた魔族は、悔しさと悲しさと情けなさで目頭がぐっと熱くなります。


「仕方の無い存在とされて、何の意味がありましょう。何の役にも立てなくて、どうして生を受けたというのでしょう。

 この命の役割は、肉として作られました。購入してくださったご主人様がより良い生活を過ごしてもらう為のものなのです。

 だから、せめて、すこしでも、すこしでも」


「君の気持ちはよくわかった。わかった上で、止めるんだ。

 きっと君は、肉になる素質がなかったんだ」

「そんな、ではこの身は……」

「もう、休みなさい。この家で過ごす最後の夜だよ」


 食欲の肉とされた魔族は、青年から薬を1粒渡されます。

 睡眠の魔法が含まれたそれは、肉塊となる痛みや恐怖から逃れるための、最後の優しさとして手渡されるものと周知されていました。


「有難う御座います、ご主人様。最後まで、有難う御座います」


 食欲の肉とされた魔族は、それを丁寧に飲み込みます。

 涙は流れますが、その中にはどこか安堵が含まれていました。


「ご主人様」

「なんだい」


 眠りにつくまでの少しの間、食欲の肉とされた魔族は伝えます。


「素質がなかったとはいえ、貴方様のために肉として育ったこの身は、とても、とても幸福でした」


 食欲の肉とされた魔族は、頑張って笑顔を作りました。

 青年もまた、頑張って笑みを作ります。

 存外酷なことを学ばせたと、その時ようやく身をもって知ることが出来ました。


 やがて、食欲の肉とされた魔族は眠りにつきました。

 父親の顔も分かりません。母親の顔も知りません。走馬灯として辿る思い出は、肉として染み込ませられた、痛くて酷いものばかりです。


 それでも、青年と過した日々は幸せでした。

 青年の幸せのために肉となれることを、誇りにすら思ってました。

 肉として、とても幸せな生だったと噛み締めながら優しい夢をまどろみます。

 きっと痛みも苦しみも、全部受け入れることが出来るだろう。そう思うことが出来るほどに。

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