第8話

 週末、俺は再び駅前の広場にあるモニュメントの前で待っていた。


「今回は、待ってる人がハッキリしてるからなんの憂いもないぞ……」


 本当にスッキリした心持ちで、俺は林原 芽衣を待っていた。


「櫻井さん!」


 と、噂をすればというやつで俺を呼ぶ聞き慣れた声がする。


「すみませんっ…… 少し遅れました。準備に手間取っちゃって……」


 声のする方を振り返えり、


「全然、気にして…… って、おお なんだその格好!」


「へへへ どうですか?」


 いつも朝が早いからか、だぼっとしたパーカーにだぼっとしたスウェット姿という、お前布団からそのまま這い出て来たのかとツッコみたくなるような格好をしている林原 芽衣が、今日はとびきりのおしゃれをして現れた。

 デニムのショートパンツと黒のロングブーツのあいだの絶対領域からは、眩しいくらいに白く輝く太ももがのぞき、同じく黒のタートルネックニットからは、普段オーバーサイズのパーカーに隠れてあまり気がつかなかった、それはなかなか豊満なものが。そして、いつも薄めのメイクをしているのが、今日はばっちりと決めていた。


(普段意識したことなかったけど、こいつめちゃくちゃスタイルいいな…… そういえば、一応芸能事務所の練習生なんだもんな)


「ふっふっふ 普段とのギャップに見惚れてますね?」


「お前エスパーっか!」


「そんなぽけえとした顔で見つめられたら誰だってわかりますって」


 林原さんは微笑みながらそう言った。


「で、どうですか。感想は」


「いや、林原さんめちゃくちゃスタイルいいな。服もすごい似合ってるよ」


「むっ」


 あっれぇえ。とりあえず服を褒めるんじゃないの?

 いや、別にいやいや褒めたわけじゃなくて、本当に本心からそう思ってるけども。


「それ。今日は禁止です」


「今、俺はどれを禁止されました?」


「林原さんって、なんだかとても距離を感じます」


「あ…… ああ」


 確かにそれは思ったことあったが、なんだか今更、突然変えるのもへんだよなとは思っていた。


「わかった。じゃあ、林原」


「ぜんっぜんわかってなーーーーい!」


 服装はとっても大人っぽいのに、発言はちっとも大人っぽくなかった。


「な、なにがわかってないっていうんだよ」


「芽衣」


「え?」


「芽衣って、呼んでください」


「ああ、そういうことか。わかったよ芽衣」


「あっれぇえ」


 どっかで見たリアクションだぞ。


「そこは、てっきり『ばっバカ。んなの恥ずかしくて呼べるかよ。ほら、さっさと行くぞ』的な返しがくるものだと期待してました」


「俺はどこのラブコメヒーローだよ」


「芽衣の世界のラブコメヒーローです!」


「勝手に言ってろ」


「あ、いまのめっちゃラブコメヒーローっぽかったですよ」


「ほんとにわかったから、早く行くぞ!」


 こいつといるとカロリーの消費量が半端じゃない!




「つきました! アーニメーイトー!」


「おおお」


 俺は芽衣に連れられるがまま、駅から少しあるいた通りに立っていた。


「久しぶりだな。学生の時、友達に連れられて来た以来だ」


「まあそうでしょうね。わたしが勧めたアニメを3ヶ月近く放置していた男ですからね」


「ごめんて」


 意外と根に持つタイプ?


「で、ここに用事があったのか?」


「いえ、特には」


「なんだそりゃ」


 ほんとうにがくっと崩れ落ちそうになった。


「ここは目的があってくる場所じゃないんです! ただ、ぶらぶらと店の中を見て、へえこんなグッズもでてたのかあと眺めて回るだけで楽しいんです!」


「あーなるほど。なんの用事もないけどとりあえず本屋に入っちゃうあれと同じか」


「たぶんそうです。わたし漫画とライトノベル以外あまり読まないのでわからないですけど。ただ、まあアニメイトも言っちゃえば本屋みたいなものですけどね」


 そう言って、芽衣はほらと指さすと、その先にはずらりと漫画本が並んだ棚が陳列されていた。

 

「うわほんとだ。すごい品揃え。でも、漫画は俺、電子書籍で買っちゃう派だな」


「ストーリーだけ読めればそれでいいよっていう人たちはそれでも問題ないでしょうね。ですが、業の深いオタクというものは、やっぱり現物としてコレクションしておきたいもの。それに、通常盤と初回限定版なんてあったら、それはもはや電子書籍では楽しめないんですよ」


「ああ、その気持ちはわかるかも。俺も、小説なんかはやっぱり紙で持っておきたいし、図書館で借りられるものも、読みたいものは手元に置いて置きたい派だからな」


 そう考えると俺は結構オタク気質なのだと思う。


「櫻井さんって小説、というか読書好きなんですね」


「そうだな。割と好きな方だと思う」


 というか、小説書いてるしな、それもえっちなやつ。

 とは、口が裂けても言えないよな。


「なんか、本好きの人って頭良さそうですよね」


 な、なんだと……?


「芽衣…… 真剣な話だ、ひとつ聞いてくれ」


「な…… なんですか急に…… 言っておきますけど、愛の告白をするなら絶対にここじゃないですからね?」


 そんなことは童貞の俺でもさすがにわかる!

 というより、なんで俺が芽衣に告白するの前提?


「違う! 本を読んでいる人が頭よく見える、というのは絶対に反対したい」


「そ…… そんなにですか?」


「ああ」


 『櫻井くんっていつも本読んでて頭良さそうだよね』

 出会う人、出会う人に俺はそう言われ続けて来たが、ここらへんできっぱりと断言しておく必要がある。


「本を読んでも頭はよくなったりしない!」


「す…… すごい力強く断言しましたね…… まあでも、小説は所詮娯楽だっていう人もいますもんね」


「それも断じて違う!」


「え…… ええ…… わたしはどうすればいいんですか?」


「小説は読んだところで賢くなりもしなければ、何か役に立つわけでもない」


「なら、やっぱり娯楽なんじゃ……」


「なんの役にも立たないからこそ小説はすばらしいんだ。もし、何かの役に立つのだとしたら、大事なのは役に立つそいつじゃなくて、何かそれ自体だろ? 例えば、お金が大事なんじゃなくて、お金で買える何かが大事なのであって、本来重要なのはお金じゃないというように。それと一緒で、小説はなんの役にも立たないからこそ、それ自体に意味があるんだ」


 と、俺が熱弁を振るうと、芽衣はぽけえとした顔をしている。

 うん。百合子さんはかっこいいと言ってくれたけど、このぽけえとした顔はそれとは違うということは俺にはわかった。

 つまり、今回はたぶん本当にやってしまった……


「さ…… 櫻井さんがそんなに熱弁するなんて意外です。でも、なんの役にも立たないからこそ……か」


「め…… 芽衣さん?」


「あ…… すみません。少し考え事してました」


「あ、いえ、俺のほうこそ、なんかすみません……」


「ぷふっ なにがですか?」


「いや、恐怖!実録自分語り男になってしまっていたと思って……」


「なんですかそれ。わたし櫻井さんの話もっと聞きたいですよ?」


 百合子さんといい、芽衣といい、そんなものなのか?

 でも、芽衣は一応、年下だからな。

 なんか変に気を使わせていたらいやだな。

 うん、やっぱり異性関係は難しい。


「それより、ほら店内を見てまわりましょ!」


「それもそうだ」



 それから、俺と芽衣は一緒に店内を巡った。

 

 「お、このアニメ知ってる。結構、面白いよな」

 「わたし漫画全巻持ってますよ。今度貸してあげましょうか?」

 「え、このアニメ漫画あるの?」

 「櫻井さん…… 原作って言葉知ってます?」


 「きゃーーーこの缶バッジ絶対買う!」

 「でもこれ中に何入ってるか分からないんだろ?」

 「はい。なので複数個買ってお店を出たら直ぐに開けます」

 「ち…… ちなみにどれが欲しいんだ?」

 「えーっと…… この子と、あとこの子です!」

 「うん 素晴らしくイケメンだ」

 「はい!ビジュは正義です。あ、でも2次元に関してだけですよ?だからあまり落ち込まないでくださいね、櫻井さん」

 「ナチュラルに無礼っ!」


 「これ、芽衣に勧められたやつ」

 「またの名を櫻井さんが絶対見ないやーつですね」

 「見たから!」



 とまあ、こんな風にわちゃわちゃと楽しみながら回っていたのだが、


 「あ、わたしちょっと2階見てくるんですけど櫻井さんはどうします?」


 「ど、どうって…… 一緒に行かないって選択肢あるのか?」


 「あ……いや、別に櫻井さんがいいなら芽衣は全然ウェルカムですけど」


 な、なんだその反応。


 「今から見に行くのえっちな漫画ですよ?」

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