バイト初日

「ハンディの使い方はここを押して……」


「成程、こう使うんですね?」


俺の説明に長谷川はメモを取りながら頷いた。


今日は長谷川の初勤務の日で俺が仕事の説明を行っていた。

とはいえ、元々家事は得意だし、気配りが上手な長谷川は基本的な仕事に関しては問題無く、店のルールや流れを説明するくらいしかやる事がない。


今行っているハンディの説明が終わったら、早速注文を取りに行く手筈になっていた。


「渚ちゃんは優秀だね。これじゃ、バイト先でも渚ちゃんのお世話になる日は遠くないね、東山」


今日、シフトに入っていた中島が俺達のやり取りを見ながらニヤニヤして言った。


「その時は中島も俺と一緒にお世話をしてもらうって事だからな」


中島の厳しい視線が突き刺さる。


「サラッと馬鹿にされた気がするんだけど」


「ほらほら、もう開店時間ですから準備をしますよ」


「もうお世話されているじゃねぇか……」


俺達のやり取りを見て、呆れ顔で店長は呟くのだった。


結果から言うと長谷川は即戦力だった。

メニューを打つ時はたどたどしかったりする時はあるが、皿を洗ったり、客が帰ったテーブルの上を片付けたりする手際の良さは流石と言うべきで俺と中島はとても助けられていた。


俺が感心していると、中島がこちらを見て手招きしていた。


「東山、ご指名だよ!」


テーブルの方を見ると時々仕事終わりに来る三十代サラリーマンの三人組の客がいた。


「昨日も俺ら来たのに東山君いないから、寂しかったよ」


「それはすみません。まぁ今日は勤務してますから、沢山頼んで下さい」


「任せとけ!」と言う声を聞きながら俺はそのテーブルを離れ、仕事に戻った。


「東山先輩凄いですね。私、東山先輩みたいにフランクに話したり、お客さんとあんなに仲良く出来る気がしません」


長谷川が言うと近くにいた中島が口を開いた。


「東山がおかしいのよ。なんであんなにフランクに話しているのに怒られるどころか、仲良くなれるのか未だによく分からないのよね」


「意外な東山先輩の特技ですね」


「褒められている気がしないんだよな」


長谷川と中島のやり取りに俺が息を吐く。


その後も注文された物を提供していると、「東山君!」と先程の客の呼ぶ声が聞こえた!


俺が近くに行くと、客の内の一人がその時たまたま横を通り掛かった長谷川にも声を掛けた。


「二人って仲良さそうだけど、付き合っているの?」


その質問を聞いた瞬間、長谷川が顔を真っ赤にして慌てだしたので、俺は慌てて口を開いた。


「こっちの子は新人なので、まだ慣れていないんです。なので、あまりからかうと追い出しますよ?」


すると、その長谷川の様子を見た客がまずいと思ったのか、ひたすら謝っていた。


長谷川とそのテーブルを離れると俺は声を掛けた。


「長谷川、大丈夫か? 少し悪ノリが過ぎたよな?」


俺のその問いに長谷川は笑顔で頷いた。


「今のお客さんも私が注文を取りに行った時に、『間違えても、食べるから大丈夫だよ』って優しく言ってくれたので、悪い人だとは思っていないです。ただ、その、ああいう事を突然言われると少し困りますね」


「確かにその通りだな」


俺は長谷川の言葉に軽く笑顔を見せると、後で改めて先程の客に気をつけるように、と伝えようと思ったのだった。


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