小六の夏休み、おばけを見た……気がする。

竹神チエ

「怖そうで怖くない少し怖い」ホラー体験談

 わたしはこれまでに幽霊を見たことは一度もない。

 けれども、かすったような経験はある。

 

 あれは小学六年生の夏休みだ。

 毎年、学校で寝泊まりする一泊二日の宿泊研修があった。


 一年生から六年生まで参加する学校行事で、各学年から一人か二人ずつ出て集まっている掃除の班を主にして行動する。


 始まりは体育館にて夜のキャンプファイヤーで歌う曲の練習だ。「とーおきー、やーまにー、ひーはおーちてぇ」と「燃えろよ、燃えろーよー」、それから輪になってやるダンスの練習もした気がする。


 そのあとは一年から三年は体育館の掃除とゴザ敷(この上で雑魚寝する)、四年から六年は夕食に向け、女子は家庭科室でカレーとトマトのサラダ作り、男子は運動場で飯盒炊飯の作業に分かれる。


 夕飯はブルーシートの上で班で集まり食べ、そのあとは学年ごとにプールに入る。これが風呂代わりだ。暗くなると先生と親御さんが組み立てたキャンプファイヤーで「燃えろよ燃えろーよ、炎よ、もーえーろー」と「とーおきー、やーまにー」を歌ったり、輪になってダンスを踊ったりした(記憶を掘り起こしながら調べてみるにジェンカだった気がする)。


 最後は裏山を利用した肝試しで、懐中電灯を片手に掃除の班で整備してある裏山を一周してくるというもの。


 この裏山は敷地内にあり、遊具が点在していて普段から遊びなれている場所である。が、それを真夜中、懐中電灯だけを片手に行くのは、それなりに怖い。しかも六年生なら、ほとんどの子が班長なので低学年の子の手前、自分がびびっているわけにもいかず、先頭きってズカズカ行かねばならないのだ。それなりに勇気がいる。


 でも途中途中で先生が待ちかまえてきて驚かそうとしてきたり、ピンクのピロピロのテープ(割いてぼんぼんとか作るやつ)がトラップのようにコース上に張ってあったりするのはやけにやる気がなくショボかった記憶がある。


 ともかく、それが終わると就寝で、一年から五年生までは蒸し風呂状態の体育館で雑魚寝。六年生は運動場に張ったテントで寝るのだ。翌朝はパンと牛乳を食べ、暑い中、通学路を使ったスタンプラリーをしに校外に出る。戻って来るとスイカを食べ、帰宅というもの。


 というわけで、幽霊の話だ。いつ見たか、というと裏山を懐中電灯を片手に歩いていて……ではない。肝試しが終わりテントに入った時間だった。

 といっても大人しく寝るわけでもなく、お菓子や漫画をこっそり持って来て、夜通し楽しもうぜ☆っといった具合である。


 去年までの体育館なら先生が数人一緒に寝泊まりしているので、少しでもコソコソやりようものなら、注意される。それを避けるため、トイレで談笑する子も出てくるのだが、そうなると本当にトイレを使いたい子が困り、結局先生に叱られる。


 しかし運動場のテントは監視の目が極端に減る。先生も近くにテントを張って、ではないからだ。職員室にいてちょくちょう見回りに来るが、ほとんどの時間は自分たちだけのフリータイムだ。


 クラスの人数は二十四人で、女子が十四人、男子が九人だった。なのでテントは男子が二張り、女子が三張り。だいたい四、五人ずつに分かれている。


 さてテントを張ったのは親御さんや先生で、うちの親もちょうど当番だったため両親揃って来ていて、なんてのはどうでもいいのだが、ここで気の利く親は子どもにこっそり差し入れをくれる。


 テントの組み分けは仲良し組で分かれていたのだが、わたしと同じピアノ教室に通っていたRちゃんのお母さんは、「暑いから」というので、ポカリ〇エットを人数分、それを冷やすため&齧っても良し、の氷を差し入れてくれた。うちの親? うちの親はそんな気の利いたことはしませんね。


 というわけで、夜だ。先生は見回りに来ていない。まずはテント内で何を持って来ているか見せ合い、そのうち他のテント(女子)との交流が始まる。しかしテント内は暑い。だから外に出たくなる。


 運動場でわちゃわちゃやっていると先生が見回りに来てテントに急いで戻る。中を見られたら大変だ罪(菓子や漫画)を隠せ!!


 ……なんてやるのだが、実はこの日、とある計画が立っていた。


 UちゃんとBくんは両片思いという情報がある。この恋を成就させよう。そう企てた子がいる。男子にも話を通し、「やろうやろう」ということで、出来上がった計画が、夜にまたみんなでこっそり裏山に行く。うまいことターゲット二人きりになるよう仕向ける。それをこっそり見て応援する。


 漫画でよく見かけるシチュエーション、恋の肝試し作戦である。わたしがこの計画を知ったのはすでに男子にまで話を通してあとで、その時には裏山でUちゃんが告白するからBくんと二人きりにしてあげよう、という内容になっていた。


 だが、この計画、あっさり頓挫する。


 まず裏山にまた行こうという気にならない女子(男子やる気になっていた)。

 何より、ターゲットのUちゃんに計画が漏れ、「わたしB君好きじゃありませんけどっ!!」と激怒される。

 もうどうしようもない。一大イベントになるはずだったが、両片思いの話すらデマの可能性すら出てきた。わたしなんて告白するとまで聞いていたから「好きじゃない」に今さら何が何やらである。


 なんて、すったもんだをしている時だ。ふと誰かが気づいた。


「あそこに誰かいる」


 あそこ、とは普段の教室がある校舎と音楽室や理科室がある特別棟との間だ。

 何とかやらスペースだかでカタカナの名前が付いていた気がするが、いわゆる中庭で、ゆるやかな段々畑のようになっており、枯れかかったサツキがずらりと植えてあるだけのものだった。テントを張った運動場からは、その中庭を斜めから見上げる形で見通せる状況だった。


 その場所に、懐中電灯の灯りが見えた、というのである。

「○○ちゃんが行ってるんじゃない?」

 肝試し恋イベントが頓挫したのを知らずに裏山に向かっているのでは、そういう話が出たが、当の○○ちゃんはしっかりテントの中にいた。

 では男子か、と思えば、男子も全員いるという。

 見間違えではないか、となったけれど、灯りを見たという子は一人ではなく数人いた。そのうち、見たのは下級生の誰かか、先生だろうという話になったが、あんな場所に何の用事が、とあまり納得がいかない。


 だからテントの中に戻ってからも、ちらちらとその方角を見やる。

 テントの入り口には虫よけのためか、網戸くらいのメッシュ地の白い幕が垂らしてある。それ越しに、ちらちら見ていたのだが……。


「また灯りが見えた!」


 その言葉に、大急ぎでメッシュの幕を払いのける。隣のテントからも「ねえ今、見た!?」と外に出てくる子が数人。しかし見えたというその灯りは今は見えない。

 その日は月明りで周囲が良く見えたのだが、校舎のあいだにある中庭はぼんやりとサツキの輪郭がわかる程度の暗さである。


 中庭に行ってみよう、という声はあがった。でも誰も実行しない。もしも懐中電灯の灯りが先生なら、のこのこ中庭まで出向いたら怒られるだろうし、下級生なら下級生で体育館から出てきて何をやっているのか、不気味だ。さらには不審者だったら……。大声で「誰ですかー?」と聞いた子もいたが、すぐ「シッ」と叱られていた。だって先生に聞こえたら「早く寝なさい」と怒られてしまうから。


 結局もう灯りは見えないし、確認に出向く気もない。だからテントの中に全員戻る。なんとなく緊張感のある雰囲気になっていた。そのうち灯りが見えたなんてウソでは、○○ちゃんはよく嘘をつく、など他のテントにいる子の悪口まで発展しかけ、気晴らしに漫画を読んでいたのだが、ちらちらとメッシュ越しに見ていると……何か動いてる?


 最初に誰がそれに気づいたのかは覚えていない。

 でも灯りが見えたという場所あたりで、何かが動いている気がするのだ。くらぼったくてぼんやりとしかわからないけど、たしかに移動している何かの動きのようなものが見える気がする。


 でもメッシュの幕をのけて確認すると何も動いているようには見えない。しかしまた幕を下ろすとメッシュ越しに黒っぽい何かが動いているのだ。

 光の加減では? そう思った。そう思えば、少しおもしろくて、動いて見えるねー、なんて笑っていたのだが……。


 徐々に何かが動いている、ではなくなってくる。


 この中庭にはサツキ以外にも物があった。それは卒業生が設置したタイムカプセルである。埋めた、ではなく設置した、と表現するのは、それが一メートル四方のコンクリートで出来ていたからだ。


 そこに○○年卒業と自分たちよりうんと昔(と当時は感じた)の年月と開封する未来の年数が刻んである。大きさや古くなっていることもあり、そのタイムカプセルはぶっちゃけ墓を連想した。昼間でも中庭にある墓と呼ばれていたくらいだ、夜に見るとますます墓っぽい。


 で、その近くである。動くものが見えるのは。

 しかも何となく黒いものが動いている、から見続けているうちに、人の輪郭が見えるような気がしてくる。


 それは着物を着た幼女が毬つきをしている姿に見えた。黒くシルエットに近い。しかし段々になっている中庭の上から下へ毬をつきながら下りて行く動きがわかる。そばにはあの墓っぽく見えるタイムカプセルの輪郭が暗がりにしっかり見て取れた。


 わたしは自分が見えた幼女のようすを口にした。すると、「わかる!」と同じようにメッシュ越しにじっと外を見ていた子がうなずく。


「こっから移動して、ここで……あっ、今、毬付き失敗したね!」

「そうそう、下まで転がっていったから拾いに行ってる!」

「ちょうど墓のところだ」

「今その後ろ通ってまた上まで行ってるね!」


 話を合わせたにしては、ぴったり見ているものが同じだと感じた。二人そう言い出せば、他の子も見たくなる。光の加減説はまだ有効だったこともあり、「この位置から見えるよ」と場所を移動する。すると「見える!わかる!!」となるわけだ。


 そしてその場所を移動すると見えなくなるのも本当だった。絶対にこの位置からしか見えない。光の加減。にしてはやけに具体的に動いているようすがわかる。テント内が盛り上がっていると、暑さからか隣のテントから数人外に出てくる。それでその子たちに「中庭に誰かいるように見える?」とたずねると「何も」との答え。


 でもテント内にいて、メッシュの幕越しには、毬つきする着物姿の幼女が見えている。毬をつく数を一緒に数えることすらできる。いち、に、さん。今回はけっこう続いてるね。あー、今度は二回で失敗した、というふうに。


 だから、外にいたその子にも「何か動いてんの。こっち来てここから見てみて」と誘い、メッシュ越しに見るよう促した。


 するとその子も「見える!」となる。具体的にこのあたりに、と指を示したわけでも毬つきをしている少女とも説明してないのに、その子自ら「ここのあたりに小さい子がいて、ボールで遊んでるように見える」となった。


 ガチだ。こーれーはー、ガチだ。

 光の加減じゃねえ。わたしたちは幽霊を見ている!!!

 それはテントのメッシュ越しにしか見えない幽霊なのだ。

 しかも、わたしたちのいるテントでしかそれは見えない。他のテントから見ても、その毬つき幼女はいないのだった。


 興奮でわちゃわちゃやっていると、男子も気になってきたのか話しかけてくる。見せてあげようか、見せてあげまいか。なんとなく女子だけの秘密にしたい、すんなり見せてやりたくないイジワル心も芽生えていたところで。


 先生が見回りに来た。テントに入って寝るよう促される。が、その時来た先生は担任の先生で、わたしたちと同じ年ごろの娘さんを持つ女性の先生だった。そして先生の中では「話がわかるタイプ」の怖くない人だった。


 だから「先生も見て!」とテントの中に入るようせかしたのだが、あいにくこの日はノリが悪く、いちおうテントからメッシュ越しに見る格好はしてくれたが、「いない、何も見えない」でかんたんに終わってしまった。


 そして。


 先生が来たあと、あの不思議な幽霊は見えなくなった。なんとなく動いているように見えなくもないが、それは光の加減で済まされるようなあいまいな動きでしかない。あれだけ具体的に見えていた毬をつく仕草や失敗して拾いに下りていく姿は、すっかり消えてしまっていた。


 結局、アレは何だったのか。

 これまでわたしは幽霊を見たことはない。

 でも、アレが見えていた内に入るなら、幽霊を見たのはこの一度きりだ。

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小六の夏休み、おばけを見た……気がする。 竹神チエ @chokorabonbon

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