仏教は人を幸せにするものじゃない!オレと解脱バトルで勝負だ!

亜中洋

いっけぇ!オレのチンタ・マニ・チャクラ!

「やめろーッ!仏教は人を幸せにするものじゃない!オレと“解脱バトル”で勝負だ!」

 突然、響き渡った少年の大声で本堂に集まっていた人々に困惑の色が広がっていく。


 立派な袈裟を着て説法をしていた僧侶は皆に落ち着くよう促すと、もったいぶって話し始めた。


「おやおや……どうかされましたか?体調が優れないのであれば医務室へ──」


「そんなんじゃねぇ!」


「ほう?ではどのようなご用件ですかな?」


「お前の言ってることはデタラメばかりだ!黙って聞いてりゃあ仏教を誤解させるようなことばかり言いやがって……幸せになる?人を愛する?美味しいもの食べて眠る?そんなことを求めるのは仏教じゃねぇって言ってんだよ!」


「困った少年だ……人が“幸福”を求めて何が悪いというのだね?穏やかな心で自分と他人の幸せを願い、平穏に暮らす……素晴らしいではないか」


「何も分かっていない……仏教をなにも理解していないぞ、クソ坊主!仏教は人を幸せにしないための宗教なんだ!お前みたいな無明には仏教を説く資格なんてない!オレと解脱バトルで勝負しろ!」


「やれやれ……近頃の子供は愛を理解できないようだ……そんなガキには折檻が必要でしょう。その解脱バトル、受けて差し上げます」


 本堂にいた人々が引き潮のごとく脇に寄って広い空間が用意される。


「いくぜ!」


「いつでもかかってきなさい」


「「解脱バトル、ゴー・シュート!」」


 掛け声とともに二人の胸から光の球が出現し、高速で回転を始めた。


 解脱バトルとは六道輪廻を巡る転生エネルギーによって魂を回転させ、互いにぶつけ合って勝敗を決める新世代エクストリームスポーツである!


「いっけぇー!オレのチンタ・マニ・チャクラ!」


 少年の掛け声に呼応して魂がいっそう輝きを増す。


 チンタ・マニ・チャクラとは日本では如意輪観音と表記される。特殊能力は「意のままに無数の珍宝を出す」

※参考文献 講談社学術文庫 『菩薩─由来と信仰の歴史─』


 少年と僧侶の魂が二人の中間地点で激しく激突する!


「くっ……!互角か」


「初撃を受け止めたこと、褒めてさしあげましょう。……これは耐えられますかな!」


「なに……ウッ!?」


 ぶつかり合う僧侶の魂から記憶が流れこんでくる。


 若い時代の僧侶と病床に臥せる女性のビジョン。


「こ…これは!?」


「私は亡き妻と約束したのだ」


 僧侶がかつてのことを語り始める。


「自分の不幸を呪わず、前を見つめて健やかに生きていくのだと」


「だからって、人に幸福を強要していい理由にはならない!」


 押されていた少年の魂が輝きを放つ。


「人が幸せになりたいと願う気持ち……その執着を捨て去ることが“仏教”なんだ!お前のやっていることは罪のない衆生の解脱を邪魔する非道な行いだ!この勝負、負けるわけにはいかない!」


 輪廻を高速回転する互いの魂が火花を散らしてぶつかり合う!


「解脱?そんなものがなんだというのだね。人と人が愛し合い、日々の食事に喜びを見出し、家族に囲まれて眠る……それが人のあるべき姿だ」


「違う!すべての感情から解放されることが人の救われる道なんだ!“快”を求めて生きることは簡単に外道へと堕ちてしまう!」


「そのセリフ、不幸のどん底にいる人々にも言えるのか!?ささやかな幸福すら捨て、無感情に生きて人知れず滅びよと!私はそんな救済認められぬ!」


「それではこの世に不幸がなくなることは無いんだ!誰かが止めなくては……この不幸の連鎖はどこかで断ち切らなくてはならないんだ!」


「ほざけ!幸も苦も、どちらも在るのが人の業!妻と生きた幸福と死別の苦しみ、どちらも捨てることを要求するなら仏などいらぬ!」


「ぶつかり合うことでしか分かり合えないというのなら……とことんぶつかり合ってやるぜ!」


「うおーっ!!」


「うおーっ!!」


 寺の庭にある池。そこに咲く蓮の葉に溜まった一滴の水。


 その雫に写った宇宙の全てが葉から零れ落ちて池の水に溶けあうまで、僧侶と少年は魂をぶつけていた。


登場人物紹介

・少年 その正体はブッダの生まれ変わり(矛盾)。インディーズ時代の仏教を布教するため解脱バトルを仕掛けている流れのファイター

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仏教は人を幸せにするものじゃない!オレと解脱バトルで勝負だ! 亜中洋 @anakayo

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