第10話 学園長との面談は一瞬でした


 眠い。


「ふわあぁ」


 目をこすりながら二度寝しないように必死に意識を繋ぎ止める。

 

 ここは王都の冒険者街にある宿。その一室で俺は薄暗い朝を迎えた。


 …………ッ、あ〜今意識飛んでたな。


 このままでは寝てしまうと感じた俺は這い出るように布団から脱出。

 体をほぐした後、辺りが見づらい中、目を凝らしながら部屋から出る。


 下へと階段を降りると、宿泊者だろう人達が数名食事しているのが見えた。


 俺も宿の木札を見せて朝食を貰う。出されたのは肉と野菜の入ったスープに焼きたてのパン。

 おお、肉だ。ちょっとパサパサしてるが、あるだけで嬉しい。


 朝食を食べ終わったら部屋で出発の準備をしてチェックアウト。


 宿を出るために扉を開けると、鈴の音とともに街の活気ある様子が飛び込んできた。


 道の真ん中では馬車が行き交い、道の端では露天や店を開く準備をしている。

 忙しなく動く人々を観察するように周囲を見渡すと……いや見にくいな。


 日光が壁に遮られ、薄暗いせいで視界が悪い。

 

 その中でも機敏に動く人たちは多くいるが、俺はまだ慣れていない。

 感覚に集中しながら慎重に道を進むと、陰影を切り裂くような光が見えた。


 巨大な門から太陽の光が顔を出す。


 ここは門通りと呼ばれる道だ。

 街を区切るための壁と壁、門と門を繋ぐ重要な場所。

 この道は多くの馬車や人が通るため、馬車4台同時に通っても楽勝な程の余裕がある。


 王都を出ていく馬車に気をつけながら門まで行き、昨日の入場と同じように個人証明を済ませて外に出る。


 ここまで来たら光を遮るものは何もなく、全身に太陽を浴びる。その熱で火照ほてりそうになるも春風によって冷やされる。

 

 気持ちがいい。


 心地よさを感じながら、王都を出ていく馬車や人の流れを眺めていると、背後に何かが降り立つ気配がする。


 降りる時も着地する時も一切の音がしなかった。風も感じなかったし、マジでチート能力だよな。


 振り向くとそこにはスカイ先生が……


「……本当にスカイ先生ですか?」


「当たり前じゃないですか〜。何変なことを言っているんですか〜?」

 

 白いシャツに合わせたシュッとした黒のズボン、そして学園の黒コートを羽織った姿のスカイ先生。

 顔に覇気があり、パッチリ目が開いてるから別人かどうか疑いたくもなる。


「今日のスカイ先生は本当に、先生、って感じがしますね」


「失礼ですね〜。私は最初から立派な先生でしたから〜」


 ……そうか? そうか。そうかもなぁ。


 特に何も言うことは無く、そのままスカイ先生に連れられて学園まで向かう。


 着いた。


 いや、まあ、馬車でも30分掛からないだろうし、何倍も早い空での移動ならそりゃすぐに決まってるよな。


 学園都市――王都の街並みによく似ており、規模を縮小させたようだ。


 だが、ただの縮小版という訳ではなく、冒険者街と比べるとこっちの方が背の高い建物が多い気がする。

 確か学生寮とかは4階建ての筈だし。


 空から街を見ていると分かりにくいが、街には人がほとんど居ないようだ。

 後10日ぐらい経てば入学の日。これから準備を始めるのか?


 そんな事を考えていると、いつの間にか真下に学園の校舎があった。


「あれっ、スカイ先生!?」


 なぜか街の門前でも、学園の校門前でもなく、学園の敷地内である芝生の庭に降り立った。


 部外者の俺が入っても大丈夫なのか? と心配だったが、そんなものは驚きで消し飛んでしまった。


 目の前にはいくつもの建物が立ち並ぶ。

 どれも巨大で迫力があり、壁に刻まれた紋様や美しい装飾がヨーロッパの建物のような歴史を感じさせる。


 これが校舎!? ここで教育を受けるとか信じられねぇな。


 思い出す限りの日本の学校とは全く違う、ここの雰囲気に圧倒されていると、さっさと歩くスカイ先生が映る。

 俺に配慮する気はないようだ。


「スカイ先生、ちょっと待ってくださいよ!」


 背中を追いかけ、そのまま一緒に校舎の中を進んでいく。


 シャンデリアに照らされた大きなエントランスを超え、美しい曲線を描いた長い階段を登り、廊下の先を進めば見えてくる大きな扉。


 その扉の向こうでは学園長が待っていた。



 マルリナ神恵学園しんけいがくえんの学園長、シーリオン・ジゲル。濃いピンク色にまで薄まった赤髪と白髪のお爺さんで、垂れるほどの長くて立派な髭をたくわえている。


 ビシッと決まったスーツのような格好の上に黒コートを着た渋い姿でソファに座りこむ。目付きはナイフのように鋭く、雰囲気から厳しさが伝わってくる。


 学園長は、机の上にある資料に目をやってから再度こちらを見た。


「それで、クロウ君といったかね。君には特例が認められており、試験をせずともEクラスであれば入学を許可できる。

 どうするかね。入学するのか、それとも辞退するのか」


 何でもないように、ただ問われる。


 俺は学園長と視線を合わせ、頭を下げてお願いする。


「よろしくお願いします。入学させていただきたいです」


「うむ、それならば良し。君の入学を認めよう」


 俺の資料の上にハンコが押される。


 ……えっ、そんなんでいいの?


 あまりの呆気なさに驚き目を見開くと、その様子を学園長に気づかれる。


「ここに呼んだのは君の意思を聞きたかっただけに過ぎない。最初からどちらでも良かったのだ。

 ……入学が必ず良い結果になるとは限らないがな」


 学園長は目を瞑り、そうこぼす。


 入学しただけでは意味がない。そんないましめ釘を刺すような言葉を――いや、それだけじゃなく、少し自虐的な意味も込められてる気がする。

 

 その言葉を最後に学園長との面談は終わりを告げた。



「これで仕事もひと段落しましたね〜。それじゃあこれで終わりという事で〜」


「いや、ちょっと待ってください。学園長から貰った紙にはステータス測定をしろって書かれてますよ」


「え〜めんどくさいですね〜。帰ったらだめですか〜?」


「ダメです」


 スカイ先生はさっきまで気を張っていた反動か、これまで以上にゆるゆるになって脱力していく。


 その姿を尻目に、俺がしっかりせねばと、しっかり紙を読み込む。


 「ステータス測定」というのは、この学校でのみ使える装置を利用してステータスを文字として紙に残すことを指す。


 シシ村で日課にしていた、指輪でのステータス鑑定は他人に見せられないから、報告制では真偽が分からない。


 だが、この学園の測定なら他人でもステータスが見れるから情報の信頼性が保証されるんだ。



 そんな重要な装置のある部屋へと辿り着く。


 黒い四角の物体がいくつも並び、同じく黒色のパイプのようなもので繋がっている。

 剥き出しになった部品パーツからは機械的な高度な文明の要素が感じられる。


 とはいえ、確か神から貰った技術とか聞いた(ゲームで見た)記憶もあるし、文明というには微妙だよな。



 装置をまじまじ見ている俺を放っておいて、スカイ先生はこの部屋の係員と連携して準備している。


 ガチャガチャとうるさいんだが大丈夫だよな? 係員の指示にはちゃんと従ってくれよ?


「おっ、点きましたね〜」


 その言葉と同時に部屋の灯りが消えて、黒い四角の表面に何本もの紫色の光線が入る。パイプや壁にも線が走り、部屋全体を規則的に駆け回る。


 おぉ、思ってたよりも派手だな。


 鑑定の指輪で魔力が溜まった時のようすを連想するが、あの時の夜空のような美しさはなく、近未来的な感じが強い。


「ではあの上に手を置いてください」


 係員の指示通りに手を載せる。

 すると装置がガタガタ振動し始めたが、すぐに止まった。


 紫色の線が消えていき、部屋の灯りもついて明るくなる。


 係員は装置の中から紙を取り出し、滑らかにサインした後ハンコを押す。そして鍵のついた箱に仕舞った。


「ご協力ありがとうございました。これでステータス測定は終了となります」


 終わったようだ。チラリとスカイ先生に視線を送るが欠伸をしていた。


 ……。


 気にせず学園長から貰った紙に目を向けると、残りは入学の日などに行うようだ。


 それはそれとして、メモ用の小さな紙にはスカイ先生を乗り物として好きに使っていいと書かれている。


 えっ何、学園長はスカイ先生に恨みでもあるのか?……まあスカイ先生だし、そりゃやらかしてるか。


 他の先生たちに心の中で合掌しながら、頑張れとエールを送る。


 まあ、それなら好きに使わせてもらうか。冒険者にもなりたいし、さっさと王都に帰ろう。


 メモを見せるとスカイ先生はごちゃごちゃ言っていたが、一度だけという条件で渋々だが引き受けて貰えた。


 そうして俺は王都へと帰ることになった。










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