第9話 王都と学園都市



 この世界の地図では、中心に王都があり、<公爵家>が東西南北それぞれに位置している。


 公爵という立場は、周辺の貴族達をまとめ上げて協力関係を結ばせるための特権を王から授かった存在。

 つまり、その地方の実質的な支配者だ。


 そして王国に4つある公爵家の内の一つがヴォント公爵家。

 王都の北に広がる、ボリア地方を治めている。


 俺の家――シシ家もボリア地方に属しており、ヴォント公爵家の傘下さんか的な立ち位置のため物資などの支援を受けているんだ。


 そのおかげであんな辺境の地でもあまり不自由なく過ごせている。ありがてぇ〜。


 そんなお世話になっている公爵様に挨拶しに行かない訳が――……本当にすみませんでした。


 はいそうです。俺はサボろうとしたクソ野郎です。


 もし、その事を問い詰められたら直ぐ土下座しようと心臓をバクバクさせていたが、意外にもそんな展開にはならなかった。


「改めて自己紹介をしようか。私はヴォント公爵家の現当主、ヴォント・グラン・シューザスだ」


 抹茶色のヒゲを優しく撫でながら、見定めるような目でこちらを見るシューザス公。


 ベットの上で布団に包まっているスカイ先生を放置して、俺たちは真っ白なティーテーブル越しに向かい合っていた。


 ひどく緊張しながらも何とか応じる。


「わ……私はシシ辺境伯家の長男、シシ・クロウと申します。ご挨拶が遅れまして、大変申し訳ございません」


「ははは。何、ここは非公式な場。そう緊張する必要はない。……この場を用意してくれたスカイに感謝すると良い」


 視線の端っこで、布団が一瞬ビクッと動くのが見えた。チクチク言葉で刺されたスカイ先生の動揺が見て取れる。


 ……というか起きてたんだな。寝てるかと思ってたわ。


 優雅に紅茶を飲んで一息ついた後、さらに話は続く。用があるのはスカイ先生ではなく俺にだったらしい。


「私は昔、君の祖父であるシシ辺境伯に大変お世話になってね」


 それから、シューザス公は爵位を継承した当時の事を語ってくれた。


 なるほど。

 

 簡単に言えば、ヴォント家の前当主はかなりの脳筋で、当時の街の情勢には合わなかったらしい。

 前当主もそれが分かっていたようで、頭の良い息子――つまりシューザス公に教育を施し、さっさと引退してしまった。


 もちろん穏便にはいかず、周囲から当主の立場を狙われるわ、家臣に舐められるわと大変だったところを前当主の親友である俺の爺ちゃんが助けてくれたらしい。


 公爵と親友だったとか爺ちゃんすげえな。


 そして、今に至る……との事。


「本来であればもっと恩返しをしたいんだが、あまり受けていただけなくてな」


 困ったように笑っている。


 爺ちゃんから、強き力に頼り過ぎればいつか身を滅ぼしてしまう、と言われてしまい提案した支援は殆ど断られたらしい。


 まあ、自分たちで生活できるに越したことはないよな。

 

 そんな事を考えていると、シューザス公は足を組み、椅子の背もたれにのっしりと寄りかかって雰囲気を一変させる。


「息子や孫の力になって欲しいと言われたが、以前は忙しく話す機会がなくてな。そこで、君に聞きたい。何かして欲しいことはないか? 


 してあげようじゃないか」

 

 そう言い放つシューザス公の顔はとても真剣で、先程までとは違う貴族の顔だ。


 どんな願いであろうと叶えてくれそうな凄みがある。が、同時に、ヘタな事は言わせないとばかりの威圧感に口が開けない。


 俺は今試されている。


 恩人の孫がどんな人物なのか。どんな願いを持っているのか。


 きっと覚悟のある言葉を期待しているのだろう。虎穴に入って威圧的な公爵に願ってでも叶えて欲しい願いというものを。


 この人の力を借りれるならと、そう考えながら俺は――





「良かったんですか〜? あの答えで〜」


「あれで良いんですよ。俺にとっては自分と同じくらい家族の皆んなが大切ですから」


 結局俺は、シューザス公にシシ村が危機に陥ったときに助けてあげて欲しいとお願いした。


 まあ、他にも願いはあったが、自分でどうにかすりゃ良いだけからな。


 俺の言葉を聞き、恩を返せない事には少し残念がっていたが、こぼれ出る笑みは隠せてなかった。


 恐らくだが、俺――いや、恩人の子供達(息子や孫)に、家族や村をおもう気持ちがある事を求めていたのかもしれない。


 絶ッ対に口には出さないけど。優秀な爺ちゃん繋がりで勝手に期待されるとかマジで厄介だな! と思う。


 けど、……なんだかシシ家の一員として認められた気がして、気分は悪くない。


 朝日が眩しい中、爽やかな風に乗って俺は王都へと運ばれていった。



 

 夕日が傾き、空がオレンジ色へと変わる。そして目下に広がる景色も染め上げていく。


 スカイ先生から貰ったパンを固めたような携帯食料をかじりながら、そろそろ王都が近い事を感じる。


 どれだけ町の頭上を通り過ぎてもピンと来なかったが、やっと実感が湧いて来た。


「あそこがユースリア河川か」


 デッカいなぁ。町一つ飲み込めそうな程の川幅があるじゃねえか。


 大地を分断するように流れる大きな河。その周りに大規模な畑が広がっている。ここで王都の食料の殆どを作り出しているらしい。


 そして、少し進むと見えてきたのが学園都市と王都だ。


 学園都市の中央には塔がそびえ立っており、オレンジ色の光を一身に受けている。


 その周りに建物が並び、庭である草原には巨大な円形闘技場コロッセオや石畳の訓練場所が点在している。


 <学園>を取り囲むように壁があり、へだてた外側に街や壁があるのが見えた。


 日本的な感覚で言えば、学校とその周囲の地域という関係に似ているな。まあ、建物が日本とは全く違うものだけど。


 ……今更だが、俺は学園でやっていけるのだろうか。不安だ。


 空から学園を眺めながら前世の記憶を思い浮かべる。

 懐かしい学生時代の事を。


 ……いや、やっぱりあんま覚えてねぇわ。10年以上前の事だし、異世界に召喚されたしな。


 日本の学校との違いが不安だった筈なのに、漠然とした記憶しか思い出せないので変な感じだ。


 うーん、なんか知らんが不安だ。


 そんな事を考えていると周囲の風の動きがピタっと止まった。


 下を見てみれば、王都の街並みが広がっている。


 ヴォントの街を二回り大きくしたような街が巨大で分厚い壁に囲まれている。


 さらに壁は街中にも存在し、層になっているため、中心部に魔物たちが侵入する事を一切許さないだろう。


 そんな王都の中心にある建物こそ王城だ。


 王城はいくつもの塔や屋敷が合わさったような形をしており、カーブのかかった窓やレンガ模様のような凹凸おうとつが「城」感を出している。

 

 印象としてはヨーロッパの城を思い出すな。

 

 白い壁は夕日の光が反射して明るく目立っているが、青色の刺々しい屋根は暗く陰る。


 王都は王城を中心として、その周りの第一層、貴族街。間にある第二層、平民街。一番外側の第三層、冒険者街の3つの層に分かれている。


 そして、それぞれが壁や門――王都を囲む壁程の大きさでは無いが――によって区切られている。


 ……まあ、王都の壁のさらに外側、その一部に街が形成されている事を考えれば、第四層目の貧民街があるとも言えるな。


 あの辺りは危険だが、門の近くには無いし、警備が厳重だから出入りで何か問題が起こることは殆ど無いだろう。


 そんな王都を上から眺めていると、だんだんと下降させられて地上に近づいていく。


 夕方だというのに長い列が門の前に出来上がっている。

 空からなら蟻の行列のようにも見えるな。


 そんな門の前まで下がっていくと子供たちから、なにか飛んでる、と下から指を差される。

 何事かと大人たちもザワザワしながら見てくるから、変に注目されて恥ずかしい。


 スカイ先生だけ寝てるのズルくねぇか?


 そんな思いを抱いたまま、門のすぐ前に降ろされる。


 スカイ先生は寝ぼけたまま門番と話し、何を言ってるのか分からない、と困惑させていた。


「あ〜多分、俺の登録がどうとか言ってるんだと思います。


 ……はい。そうですそうです。」


 先生のゆるゆるな言葉を翻訳し、サクッと俺の個人証明を終える。

 その後、スカイ先生は、明日の朝にこの壁門前で集合するむねを伝えると空に浮かんでいった。


 また空を見上げて騒めく人々。


 今のうちに入ろう。

 

 ……明日は学園か。悪い話じゃ無いと良いんだがなぁ。


 今日の朝とは違って少し優れない気分のまま、見上げるほどの門をくぐり、王都へと足を一歩を踏み入れた。


 

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