第8話 スカイ先生に運ばれて



 〈空〉のスキルを持つ、ヴォント・スカイ。


 彼女はゲームのストーリー開始時点――つまり現在で20歳の大人な女性。

 元々平民(平民に苗字はない)だったが、ある事件がきっかけで故郷が滅び、1人だけ生き残ったところをヴォント公爵家に拾われ養子となった。


 いつも眠そうな顔が印象的。あわいライトグリーンの髪はふわふわ、いや、ふわっふわな天然パーマであり、まるで綿わたのよう。背は低く、146cm程度。

 透き通るような白い瞳を持っており、気だるげなタレ目と麻呂眉まろまゆがチャームポイント。


 ゲームでは、スキル〈空〉により安全圏から敵全体に高火力な攻撃を放つ最強クラスのキャラだった。

 ちなみに、俺が初めてゲームクリアした時のパーティの1人で、結構思い入れがある。

 まあ、仲間にするのは大変だったが。


 そんな彼女が今、空の上に立っている。白色のもこもこパジャマの上に黒いコートを羽織った、おかしな格好で。


 少しづつ降りてくるスカイ。護衛のローヴィエルが俺とシルド叔父さんを背中に庇い、いつでも剣を抜けるように構える。


「あれは学園の関係者が着るコートだ。つまり、あの娘は学園から来た人だろう。クロウ、何か心当たりはないのか?」


「いや、特に無いね」


「おいおい、戦う可能性はあんのかよ? 言っとくが、一切勝てる気しねぇからな? 空飛ぶスキルなんて英雄譚えいゆうたんでしか聞いたことがねえよ」


 ローヴィエルの発言で俺たちに緊張が走る。


 個人的にはスカイと戦う事はないと思うが、俺は俺で不安だ。例えば、俺の入学取消しが決定した、と報告しに来たのかも知れない。


 そんな俺たちの前にスカイは降りてきた。目を瞑っており、まるで寝ているかのように規則的な呼吸を……あれ? これ、寝てるな。


 立ったまま寝るスカイの器用さ、というか頭のおかしさにドン引きする俺たち。既に警戒もクソもあったもんじゃない。


「ふわぁああっ。ん〜? ここは〜」


 豪快なあくびをかましながら起きるスカイ。漏れる涙をぬぐいながら周囲を見渡す。


 そして、「シシ家の紋章」と言葉を溢した。眠たそうな目線の先には先程まで乗っていた馬車。獅子と盾の紋章が入っている


 そしてスカイは俺たち3人をじっくりと見る。

 細まった目はこちらを睨んでいるのか、ただ眠いだけなのか分からない。


 どっか行かないってことは俺たちに用事があるってことか。一体何の用なんだ……?


「黒色、茶色、それに灰色の髪。そこの灰色の君がクロウくんだね〜?」


 スカイは俺に向かってのんびりとした口調で聞いてくる。

 予想通り。だが少し緊張気味に答えた。


「そう……ですね。俺がクロウです」


「よかった〜。コホン、わたしは学園の警備員けん臨時教師のヴォント・スカイと言います〜。今日は学園長からの指示によりクロウくんを迎えにきました〜」


「ず……随分と急ですね。先触れが無かったようなのですが何か緊急の用事でしょうか?」


「……ま、まあそんなところですね〜」


 あっ、絶対忘れてたやつだコレ。確かにスカイといえば天然、怠惰、子供っぽいの3コンボを決めてる大人(笑)の女性。そういうこともある……のか?

 

 まあ、それよりも気になった事がある。

 

「俺が学園長から呼ばれてるって言うのは」


「えっと〜。何やら入学についての話があるとか〜」


 なるほど。まだ入学取消しの可能性は残ってるという訳か。後は行って話を聞くしかないな。


「分かりました。それじゃあ――」


 ッ!? 体が浮いてる!?


 前を見えればスカイも一緒に浮いていることが分かった。下から二人が騒いでいるのに対し、素知らぬ顔であくびをしている。


 降ろすように呼びかけるが、丸まって眠るような体勢に入っていた。


 も……もしかして話すのが面倒になったのか? なんて奴だ……ゲーム越しとは違って実際に会うとヤバい奴でしかねぇ。


 チッ、取り敢えずカバンだけは回収しねえと。


「ローヴィエルさん! 俺のリュックをぶん投げてくれ!」


「ッ分かった!」


 地を走り草を舞い上げながら馬車へと戻るローヴィエル。そして俺のリュックを掴んだまま飛び出してきた。


「〈風纏衣⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎〉 いくぞ! クロウ!」


 全身から放出される緑の風が周囲を駆け、やがて右腕の辺りへと収束する。そして体を捻りながらリュックをぶん投げてきた。


 アイツ、今スキルを使いやがったな!? ってか流石に早すぎて取れな――ボヨン、とクッションのように柔らかくぶつかる。


 ッ、よし!


 浮いている自分の体を倒しながら何とかキャッチ。ぶつかる瞬間に緑の風が見えたから、おそらくローヴィエルのスキルのおかげだろう。


 ふぅと一息ついている間に、もう周辺の木々よりも高い位置にいた。下にいる二人も豆粒のように小さく見える。

 

 そして次は、これまで進んでいた方向と同じ、学園のある南へと移動し始める。


 横にはスカイが浮いている。


 完全に寝てるな。もうちょっと話が聞きたいんだけど……。起こすか!


 迷惑かけられたんだから、と考えながら声を掛けて何とか起こそうとする。全然起きない。


 ったく、もっと大きな声出すか。


 息を大きく吸って――ズキン。目と脳が急に激しい痛みに襲われる。開けていられない程のズキズキとした痛みが続く。

 

 ぐうっっ。まさか……敵か?


 だが、その痛みを全て無視して目を大きく開ける。視界が受け取った情報を瞬時に脳へと送り込む。


 何だ……これは……。


 俺とスカイを呑み込むように漂う暗闇。まるで写真に光を反射しない黒をぶちまけたような気持ち悪さと強い違和感がある。


 そして、何かの顔らしきものがこちらを覗いていた。



 


「クロウくん〜起きてください〜」


「ううぅん、ここは……」


「ここはシロモリ町の宿屋ですよ〜」


 俺はいつの間にかベットの上に寝かされていた。外はもう夜だ。

 あれは……夢だったのだろうか。


 いや違うな。きっとアイツだろう。スカイの友達(?)。本来なら敵対する筈の存在。


 だが、まあ、別に何かする必要があるわけではない。スカイに何かない限りは別に悪いことはしないだろうから。


 つまり、放置が一番。触らぬに祟りなしって事だ。


 朝早起きしたせいで長時間眠っていた、と言うことにして心配するスカイと別れ、このままベットで休むことにした。



 次の日、同じように空から運ばれる。そして夜になる頃にはヴォント公爵家の領地、ボリアヴォント――通称ヴォントの街に到着した。


 ボリアヴォントはシシ村やシロモリ町の2倍3倍以上の大きさであり、その街を巨大な壁が囲んでいる姿は壮観そうかんとしか言いようがない。


「やっとここまできましたね〜。もうこの街でずっとゴロゴロしていたい気分ですが、仕事ですから〜。一緒に頑張りましょう〜」


「そうですね、スカイ先生」


 夜の喧騒の中、街頭の灯りによって照らされたレンガの道を歩く。建物もレンガ造りのものが多く、ヨーロッパの街並みを連想させる。


「それじゃあ宿の方に行きましょうか〜」


 スカイ先生がなんてこと無いように言う。

 ちょっと待て。


「……ここ実家ですよね、家に帰らないんですか?」


「いや〜別に〜? お義父さんが怖いからじゃないですよ〜? ただの気まぐれですよ〜」


 怖いんだな。多分俺を向かい行った時のことを知られたくないんだろう。知ったら100%怒られるだろうし。


 ……というか何か忘れているような……あっ。


「スカイ先生。そういえば俺、父さんにヴォント公爵に会って来いって言われてたんですけど……」


「えっ!? あ〜クロウくんって訳アリなんでしたっけ〜。まあ、今度で良いんじゃないですか〜。もう遅いですし〜」


「……何故か聞かれたら、先生のせいにしても良いですか?」


「え〜? ん〜〜え〜〜……分かりました〜。先生のせいにして良いので今回お義父さんに会うのは諦めてください〜」


 すごく悩んだ後、肩を落として妥協するスカイ先生。


「今回だけですよ?」


 と言いながらも内心ほくそ笑む


 計画通り。

 実は俺も会いに行きたくなかったってのは内緒だ。確かに礼儀作法とかは仕込まれたが、一度も披露したことがない上にその姿を公爵に見せるとか最悪すぎるわ!

 

 優しいと聞いて入るし、ゲームでの会話で知ってはいるが、今回は見送らせてもらおう。免罪符も出来たことだし。


 少ししなびれたスカイ先生が高級そうな宿に迷わず入っていく。そして流れるようにチェックイン。いつもの部屋ですね、って聞かれてるし常連じゃねえか。


 スカイ先生の後ろについて行くと、一つの部屋の前で止まった。


「わたしはこの部屋で〜、クロウくんはあっちの隣の部屋です〜。それじゃあ〜おやすみなさい〜」


 鍵を開けた後、スカイ先生はこちらを向いて手を振りながらドアを開ける。


 ――ヒエッ


 血の気が引く。


 こちらの様子に気づいたスカイ先生が後ろを振り向き、部屋の中を見る。


「ひゃああぁああ〜!!」


 抹茶色の長髪を流したラフな格好のヴォント公爵が、そこに居た。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る