第4話 世知辛いモブ人生



 この世界に転生してから10年の月日が過ぎた。

 季節は巡り、今年もまた春が訪れる。


 ――980! 981! 982!

 

 まだまだ寒い早朝のうちに、一心不乱に剣を振り、日課である素振り千回をこなす。


 ――990! 991! 992ッ!?


 集中力が高まり、徐々じょじょに剣筋が鋭くなっていく。そんな中、突如として強い抵抗を腕に感じ、減速してしまう。

 まるで空気が粘りついて、これ以上速度が出るのを邪魔してくるかのように。


 気が散って集中は切れてしまったが何とか素振り1000回をやり遂げる。


 ――1000!


「ッふぅ――。……かよ」


 うまくいかない現実に苛立つが、あまりモタモタしている時間は無い。

 剣を手離して地面に置き、右手を空ける。


 今から行うのも日課の一つ。

 10年近く続けてきただけあって、無駄なんだろうと分かってはいるんだが、かすかな望みをどうしても捨て切れないんだ。


 右手を目の前に持ってきて、人差し指と中指、そして親指を軽く立てる。


 集中するのは、人差し指と中指の両方に着けられた黒の指輪。二つの指輪を接しながら俺の数少ない魔力を集めると、夜空に光る星々のように紫色が浮かぶ。


 そして、空中に向かってななめに線を引く。


 『ステータス』オープン。


 線を引いた空中に、画面が映る。


――――

シシ・クロウ

――――

Lv.1

 HP:100/100

 MP:99/100

STR:1

VIT:1

INT:1

AGI:1

MND:1

――――


「やっぱ、何も変わってねぇか」


 ……<ユニファン>では、仲間にできるキャラは最低でもLv.1でALL5以上のステータスはあるし、メインキャラなら一部だが10や20あったりもする。


 つまり――うそ、俺弱すぎ?――ってコトだ。


 どうにか出来ないかと今まで頑張ってきたが、筋トレやただの訓練では一切変化が無いようだ。


 はぁ〜世知辛ェ〜。


 それに問題なのは低いステータスだけではない。<ユニファン>では、ステータス画面には<スキル>や<適正>などがあるはずなんだが……無いな。


 いや、<スキル>は分かる。非常に残念だが、先天的に獲得出来るかどうかは才能次第だから、俺には才能がなかったってだけなんだ。


 だが、<適正>が無いってのはおかしい。

 

 ゲームでは魔法や武器のダメージ量に関わる重要な要素で、魔法では火や水、武器では剣や槍など色々な種類があった。

 評価は6段階に分かれ、弱い方からE、D、C、B、A、Sの順番となる。


 これのおかげでキャラ同士がうまく差別化されていたのだが、この世界には存在していない――訳ではないようだ。

 父さんや母さんたちから聞いた情報によると、『ステータス』には適正という欄があるらしい。


 そう。何故か、俺には適正が無い。俺にだけ、無いんだ。


 おそらくだが、素振りの時に感じた抵抗も、俺に適正が無いせいなんじゃないかと考えている。

 もし合っているなら俺は既に大きなハンデを背負ってる事になるが……。


「はぁ」

 

 ため息が溢れる。厳しい未来を想像するほど気持ちは暗く沈んでいく。

 

 そんな憂鬱ゆううつな気分とは反対に、朝日は大地を照らし、快晴の青空が心地よい微風そよかぜはこんでくる。


 今日も朝が来た。


 騒がしくなっていく村から逃げるように、俺は家の中へと入っていった。


 ――

 

「クロウちゃんっ、お勉強の時間ですよ」


 真っ白な髪を弾ませながら、教科書を準備する母さん。その様子を見ながら俺も昨日と同じ歴史の教科書を開く。


 ここは家のリビング。いつものように、朝食を食べた後のテーブルを使ってそのまま勉強の時間に入る。


「それじゃあ前回の続きから。今から500年前、神からのお告げを聞いて造られた学園都市は――」


 粗い紙にメモしながら話を聞き続ける。


 学園――それは国の教育機関であり、才能ある15歳の子供たちが集まる場所。貴族は言わずもがな、実力次第では平民でも入ることが出来る。

 そこで、主人公は自らを鍛え、魔王討伐を共にする仲間を作っていく。

 

 つまり主人公にとって重要な場所であり、現在15歳の俺にとっても超重要……なんだが、ここではサラッと流されてしまう。

 勉強が順調に進んだ結果、昼前には教科書の範囲を終えることとなった。


 やっぱり、意図的に避けられてるよな。


「うん、今日はもうこれで終わりだね。時間が余るなんてクロウちゃんてば優秀! 何かご褒美でもあげちゃおっかな」


「……それじゃあ1コ質問してもいい?」


「えっ何々? いいよっ、何でも答えちゃうっ」


「母さんと父さんって学園に行ってたんだよね? 学園って……どんな所なの? 詳しく、教えてよ」


 問い詰めるように、冷静に、言葉ひとつひとつを紡いでいく。


 予想外の質問だったのか、ルンルン気分で楽しそうだった母さんの時が止まった。冷や汗をダラダラと流し、顔色も悪くなる。


 この焦りようは父さんに口止めされてそうだな。あまり話題に出すなとでも言われてるのだろう。

 ただ、母さんには悪いが、ここは強引に行かせて貰う。


「お願い。教えて……欲しいな」


 上目遣いで媚びるようにお願いする。

 

 クッ、合計30年以上生きてきて今更こんな事をする羽目になるとは。実にツラい。


 だが、俺の捨て身の特攻が功をなしたのか、母さんは身を捩らせながら「も、もう。クロウちゃんのお願いなら仕方ないなぁ」と了承してくれる。


「こほん、それじゃあ、まずはおさらいとして位置関係から見てみよっか」


 そう言いながら地図の資料を渡してくる。


 地図には島の輪郭りんかくが書かれておらず、西側の海以外は全て町や村が端っこにある。

 まあ、それ以上先に進んで帰れた人が居ないからどこまで陸地が続いているのか確認出来てないのだろう。


「この1番上、北の端っこにあるのがシシ村で、中央付近の大きな町が王都なんだよね?」


「その通り。そして王都とその北側にある大きな河、ユースリア河川との間にあるのが学園都市なのですっ」


 ユースリア河川は、山地の多い東側から流れるいくつもの川が合流し一本の河川になった後、王都の近くを通る。そしてその先の湿潤地帯の西側を通って海へと流れ出ていく。


「学園ではねっ……え〜っと、い、色んな人が集まるんだよっ。そう言えばあまり話したこと無かったけど、私はもともと南の砂漠方面に住んでて――」


 マシンガントークが全然終わらない。つーか、どんどんと学園の話から遠ざかっているんだが。


 チッ、思ったより冷静だな。流石に可愛い息子の頼みでも、父さんからの言い付けは無視できないか。だが、今は少しでも情報が欲しい。

 

 微妙にズレた話に痺れを切らした俺は、母さんの冷静さを無くしてやろうと考えた。


「ねぇねぇ、母さん。父さんとの出会いってどんなのだったの? 例えば、どんな授業で知り合t「良〜い質問だねっ! シェーくんとは王都のダンジョンで出会ってねっ、私が薬草を取りに行った時に――」」


 なッ、さらに加速しただと!? こ……これ、止まらない奴じゃないか?


 その後も話を続き、結局、昼食の時間が来るまで母さんの惚気のろけ話が終わることは無かった。

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