第3話 転生と決意



 暗闇の世界。


 ぼんやりとした意識のまま、何かに引っ張られているような感覚だけがある。上下左右も分からず、昇っているのか降りているのかも分からない。


 その状態のままどれだけの時が経ったのだろう。ふと気がつくと、水の中にいるような浮遊感だけが取り残されていた。


 そして暗闇の世界に太陽のような暖かい光の奔流ほんりゅうが流れ込んで来る。


 眩しさに目を覚ますと、まず目に入るのは見知らぬ天井。焦茶こげちゃ色に変色しており、さらに所々ハゲていて年季が入っている。


 強いだるさを感じながらも重たい身体を起こして辺りを見渡す。すると部屋の全容が分かった。


 俺が寝ていたベッド以外にはいくつかの木箱と机、椅子。小物が全く置かれていないひどく質素な部屋。


 電球などのあかりは無く、つっかえ棒によって開けられたままの跳ね上げ窓から差し込む光だけが部屋の中を照らしている。


「ここは……一体……」


 ズキズキ痛む頭から記憶を絞り出すと、なんとなく今の状況を理解する。


 そうか、たしか俺はトラックにかれて……だが、ここは病院って訳じゃなさそうだな。流石に古過ぎる。


 それに、身体強化された俺がトラックに轢かれた程度で気絶する? あり得ないな。なら、何か特殊な力によって攻撃されたと考えた方が辻褄つじつまが合う。


 そんな考察の末に導き出されるのは、俺より強い存在に命を握られているという最悪の可能性。


 異世界に召喚されるなんて出来事があったんだ。地球にも人智を超えた不思議な力が存在する可能性はあったはず


 その事を失念していた俺のミスだ。


 クソッ!!


 慢心していた事に強く後悔し、拳を握りしめる。だが、そこに違和感を覚える。


「――何だ? 力が……出ない!?」


 はっきりと分かった違和感の正体。それは先程から感じていた怠さの原因でもある。


 俺の体が縮んでしまっているんだ。


 その事に気付いた瞬間、頭全体が激しく揺らされるような気持ち悪さと、脳が針で滅多刺しされるような鋭い痛みを感じ始める。


「うっ、ぐっ、うぐぅぅッ……」


 頭を抱えて痛みを必死にこらえる。


 そして数秒後、いきなりパッと霧が晴れるように痛みが消える瞬間が来た。同時に、脳の奥底おくそこから溢れ出す知らない記憶。



――――思い出した。


 その日は――シシ・クロウの5歳の誕生日だった。


 朝からいつもとは違うキレイでキラキラした服を着せてもらい、僕の灰色の髪と黒い瞳に合わせた装飾をする。

 そして家族みんなで教会に行き、祝福の儀を受けたんだ。


 何か問題があったのか、僕はスキルを得られなかったみたいで、皆んな悲しんでいて僕も悲しかった。


 でも、お父さんがお祝いに外の世界に連れていってくれることになったんだ。


 これまでは村の周りの壁から外に出ちゃいけなかったけど、今日やっと外の世界が見れると聞いてすっごく嬉しくなった。


 他のみんなとは別れて、僕は父さんに連れられて村の門の近くまで来た。そして合図に合わせてだんだんと開かれる扉。


 緊張とワクワクで父さんと繋いでる手に力がこもる。


 扉が開いていくにつれて、世界が広がるように雄大な景色が目に入ってきた。


 土が耕されて、たくさんの野菜が植えられている畑。

 伸び放題になっている草たちが風に揺られる草原。

 

 そして、それらを囲んでいる柵――を超えて遠く離れた不気味な森。


 こちらを睨む2つの鋭い眼光が僕の体を貫いた。


 纏わりついた漆黒の闇、口から覗く獰猛な牙、逆立つたてがみ。その王者の貫禄は相手に畏怖の念を抱かせる。


 黒き獅子による威圧は大気を大きく震わせ、ひとたび睨まれれば死を予感するだろう。

 

 そう、それは遠い遠い柵の向こう側にいる僕も例外では無く。


 死そのものが獅子ライオンの姿を模して喉元を食いちぎろうと襲いかかってくる光景を幻視し――意識は暗闇へと溶けていった。

「――ッッ!! うっ、ごほっごほっ! はあっ、はあっ」


 息が詰まりそうなほどキュッと締め付けられた心臓がその反動でどくどくと脈打つ。


 脳へと直接叩きつけられた恐怖という感情が体中を駆け巡り、震えを生み続ける。


 魔王すら倒した俺が恐怖する? そんな事あるわけがない。だって俺は……。


 頭では分かっているのに、体が言うことを聞いてくれない。

 

 いわゆる転生というやつなのか、それとも俺の意識がこの体を乗っ取っただけなのか。

 文字通り、体が自分のものではないような、ぼやけて曖昧になるような不思議な感覚が襲ってくる。


「はあ、はあっ。ふう」


 思考に意識を割いていると少しずつ息が落ち着いてきた。だが、体の震えだけは当分止まりそうもない。


 とりあえず目つぶって深呼吸でも――ん? 今ドアの方面から声がしたような。


「うぅ、クロウちゃん大丈夫か……な……」


 ドアが開かれると同時に、こちらを見て硬直する女性と目が合った。ホワイトブロンドの髪と目、あと二つの大きな膨らみが特徴的な――僕の母さん、シシ・ハクア……だよな? 


 少し記憶が曖昧な気がするが、まあ今は一旦良いだろう。その母さんの後ろには


「うっ、ううっ、良かったよ――!!」


 思考を中断させるように、涙目になりながら胸に飛び込んで来る母さん。というか逆に胸に押し付けられるというか――うっ、くっ、苦しい。


「あーもう、こらこら、落ち着きなよ。あんま押し付けすぎるとまた気絶しちゃうよ」


 メガネをかけた男性が母さんを落ち着かせるために優しくさする。だんだんと緩まっていく拘束。


 た、助かった。


 この優男は僕の父であるシシ・シェイル――だろう。ダークブラウンの髪と真っ黒な瞳が特徴的で、何よりメガネを掛けていて賢そうに見える。


 そんな父さんも、未だにズピズピ泣いている母さんごと俺を抱きしめ、僕の意識が戻ったことに安堵しているのが分かった。


 ああ。あったかいな。


 2人のおかげで体の震えが少しずつ落ち着いてくる。まさに、布団に包まれてリラックスしていくかのように。


 そして、温められた身体とは裏腹にの心は急激に冷えていく。


 あの漆黒のライオン。そしてここ、シシ村。

 脳裏に描かれるのは俺が転生する直前にやっていたゲーム、〈ユニファン〉に存在する裏ダンジョンの1つ、獣王の神殿だ。


 攻略するためには魔王レベルの黒ライオンを倒す必要があり、その先のダンジョンにも高レベルのモンスターがうじゃうじゃ潜んでいる。


 そんな場所こそがここ、シシ村のある辺境の地だ。


 

 もし、ここが〈ユニファン〉の世界ならば、ストーリーの進行によっては多くの街が滅ぼされる事になる。そして、それはこの村でさえも例外では無いだろう。



 俺はもう二度と、救えなかったなんて後悔はしたくない。


 異世界で自分の弱さに絶望したあの日。助けを求める少女が俺のせいで襲われているというのに……それなのに、足がすくんで立ち上がれなかった。


 そして異世界で戦う覚悟を決めてなお、最後には仲間さえも失ってしまった。


 俺はもう二度と後悔はしたくない。


 

 魔王。お前……いや全員、俺の敵だ。必ずぶっ殺してやるよ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る