第十三話 行動制限?やっぱりズルじゃねえか!

竹林の空気は湿り気を帯び、夕暮れの光が木々の間を淡く照らしていた。

影沼は大きく伸びをしながら、目の前で集中している飯垣舞人を眺めていた。


「舞人、まだやるの? もう2時間は動きっぱなしじゃないか。」


修行を始めてから既に二週間ほどが経っていた。しかし、残念ながら今に至るまで飯垣はただの一度も影沼を掴むことができていなかった。


「うるせぇ、もう少しで掴めそうな気がするんだよ!」


飯垣は目を閉じ、周囲の気配に全神経を集中させていた。風の揺れ、木々の擦れる音、そして影沼の動き。今までの挑戦では何度も失敗し、そのたびに影沼に揶揄からかわれていたが、今度は違うという確信があった。


それを聞いた影沼はすっと手を上げて竹林の中を軽く歩き出す。不規則に動きながら、時折わざと近くのものに触れて小さな物音を立てるようにしていた。


「それじゃぁ、掴んでみてよ。やるからには僕もそう簡単には掴ませてあげないよ?」


「・・・黙って動いてろ」


飯垣の声が静かに響く。影沼はその集中力に感心しつつも、足を止めずに動き続けた。


静けさの中で竹林のざわめきが一瞬だけ静まり返る。その時、飯垣は風の流れに意識を向けた。影沼が右に動く気配を捉え、次に左へ移るタイミングを感じ取る。


「そこだ!」


飯垣が影沼に向けて手を伸ばす。影沼は冷静に時の流れを制御してその手から逃れた。しかし―


「え?」


気が付くと、飯垣の伸ばした手の人差し指が彼に触れていた。

驚いた影沼は思わず能力を解除していた。


「お?今のもしかして触れたんじゃねぇか?」


「う、うん。そうだね。でも、一体どうやったの?僕は確かに避けたはずなんだけど」


「・・・いや、よく分からねぇ。なんか急にお前の気配が別の場所にある気がして咄嗟に腕を曲げようとしたんだが・・・今の感覚はいったい何だ?」


飯垣は自分でも表現できない感覚に戸惑っていた。


(時間操作中の僕に追いついたってことは、能力発動の瞬間に気づいて僕の動きを先読みした?いや、舞人の指が触れた時点では、まだ能力は解除してなかった。先読みしたとしても追いつくのは不可能だ。だとすると・・・)


「舞人、もう一回試してみて良い?」


「へ?あ、あぁ、もちろんいいぜ。俺も忘れないうちにこの感覚を掴みてぇしな」


影沼のほうから提案してきたことに多少驚いた飯垣だったが、願ってもない話なので早速その場で再び目を瞑って集中し始めた。


影沼も先ほどと同じように不規則に動きながら、徐々に飯垣の側に近づく。


「そこだ!」


先ほどと同じように飯垣が影沼に向けて手を伸ばす。

影沼も同じタイミングで能力を発動させた。そして飯垣の手の動きを見ながらその範囲から逃れるように身を躱す。だが、次の瞬間起きたことに影沼は驚愕した。

飯垣の手がこちらの動きを追うように僅かながら動いたのだ。確かに完全に時間を止めているわけではない以上、動くこと自体はおかしいことではない。だがその動きは明らかに影沼の動きに反応していた。

しかし、本当に影沼を驚愕させたのはそこではなかった。

先ほど飯垣の手から逃れるように避けたはずなのに、なぜか彼の右腕だけが妙に飯垣の手の近くにあったことだ。


(僕にそんなつもりはなかった。つまりこれは、


信じられないがそうとしか考えられなかった。舞人が僕の動きに干渉して右手が離れないように制限を掛けた。気が付けばその右手は動かせるようになっていた。咄嗟に腕を引いて舞人の手から逃れる。


「あれ?…ダメだったか。また何か違和感みたいなものは感じた気がしたんだけどな」


「いや、その感覚は正しいよ。舞人の手は明らかに時間操作している僕を追ってた。それにたぶんだけど、舞人は僕の動きも制限してたんじゃない?」


「は?お前の動きを?どういうことだ?」


影沼は先ほど起きたことをなるべく分かり易く説明した。

飯垣はそれでも頭を悩ませていたが、とりあえず思ったことを口にした。


「よく分かんねぇ。俺はただお前の腕を掴もうと、それに集中してただけだ。

俺の手はお前を追えてたって言うんなら、そっちは勘違いとかじゃねぇのか?」


「それはないかな。二度目だし、僕は注意しながら動いてた。その上で自分の手の位置に違和感を持ったんだ。舞人にそんな気がなかったっていうなら、無意識でやってたのかもね」


「どういうことだ?」


影沼の言いたいことが分からずに、飯垣は聞き返した。


「僕の手が離れなければ、舞人の手が僕の腕を掴みやすくなるでしょ?結果的に舞人がやろうとしてたことが達成し易くなるじゃない」


「あ~お前の腕を掴むために、俺が無意識にお前の手の動きを制限したってことか。・・・え?そんなことできんのか?」


「いや、普通出来ないよ。だから僕だって驚いてるんじゃないか。でも状況的に見ればそうとしか思えない。ここには僕達しかいないしね」


そう言って影沼は周囲を見渡した。当たりにあるのは竹林と小動物の姿くらいだ。


「まぁそう言われりゃそうだけどよ。動きの制限、ねぇ。・・・待てよ?本当にそんなことができんなら、格闘戦なんて超有利なんじゃねえか?」


「だろうね。僕は格闘技のことは詳しくないけど、自分の間合いに居る相手の行動を気づかれずに制限できるなら、常に有利に立ち回れるじゃないかな」


「くっそぉ、丸井の野郎・・・やっぱりズルじゃねえか!」


飯垣の叫びが竹林に木霊した。

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