閑話 影沼の罰ゲーム

昼休み、友人とあるゲームで遊んでいた影沼は、それに負けて罰ゲームをさせられることになった。


(急にそんな条件付けるんだもんな。最初から言ってくれれば止めるか調整もできるんだけど)


影沼はそんな風に思ったが、負けた後では言い訳にもならない。

大人しく待っていると、何か思いついたのか彼は紙に何かを書きつけた。


「よし、じゃ~気づかれずに丸井の背中にこの紙を張ってくるってのでどうだ?」


そう言って彼、クラスメイトの花山は紙に何かを書いて皆に見せた。


『ざまぁみろ!』


なんともシンプルで分かり易い一文だった。


「何で丸井先生なのさ?」


「そりゃ、丸井の奴にそんなことできそうなのが影沼しかいないからに決まってるじゃん」


言いたいことは分かるが、それはつまりあとで気づかれた時の犯人も必然的に一人に絞られることになる。しかし、この様子だと拒否するのも面倒そうだ。あの先生ならバレたとしても掃除なんかの軽い罰を言い渡される程度だろうと考えて、影沼は諦めることにした。


一番簡単なのは対象が動かない時だ。

そして丸井先生は昼休みに校庭のベンチでお弁当を食べていることが多い。

狙い目はその時だろうと考えて、昼休みになると影沼は行動を開始した。


丸井先生は普段から周囲の状況を把握している。つまりチャンスは一度、気取られないように近づいて、時を止めている間に確実に済ませなければならない。


影沼は丸井の座るベンチの後ろにある校舎の廊下を通りがかる振りをしながら能力を最大で発動した。周囲全てが止まった時間の中で、影沼は校舎の窓を開けると丸井に近づき例の紙をその背中に張り付けた。


――パシッ


次の瞬間その手が何かに掴まれた感触があった。


「えっ?」


見ると自分の右手が丸井の右手に掴まれている。

驚いて周囲を見回してみるが時は止まったままだ。丸井も正面を向いたままだが、その右手だけが別の何かの様に影沼の手を掴んだ状態で止まっていた。


「ひぇっ!」


思わずその手を振りほどこうと手を動かすが、丸井の手はびくともせずに影沼の手を掴み続けていた。そして状況の不可解さに慌てた影沼は集中が乱れ能力が解除されてしまった。


「影沼、学園での不必要な異能の使用は校則違反だ。そんなものまで使用して、私の背中に何を付けていたんだ?」


「え、え~と、いえ何でもありません。これも回収していきますので、はい。失礼しました」


「待て」


影沼がそうして逃げようとするよりも早く、丸井はその手に持った紙を取り上げた。


「・・・なるほど。私に一泡吹かせようとしたわけか。確かに影沼が一番適任だろうな」


紙まで見られてはもう言い逃れもできない。諦めた影沼は開き直って気になったことを聞くことにした。


「はい。すみませんでした。ところで先生、僕は先生の言う通り能力を使っていたわけですけど、先生はどうやって僕の腕を掴んだんですか?」


「・・・秘密だ」


「なるほど。それなら仕方ないですね」


恐らくは空離仙心流に関わる何かなのだろう。聞いても無駄だと思いつつ影沼はある程度の当たりを付けていた。

影沼の能力は限りなく時の流れを遅くできるが完全な停止ではない。そして自分はあの時背中に紙を張ることに意識が向いていたため、丸井先生自身には注意を向けていなかった。事前に察知した丸井先生が僅かな時間の中を最速で動く手段があればそのようなことも可能なのかもしれない、と。


「その様子からして、何か理由があるんだろう。素直に謝っていることだし、今回は軽い手伝い程度の罰としておこう」


「あはは。罰の免除にまではならないんですね」


影沼が冗談っぽく聞いてみるが、丸井は至極真面目に問い返した。


「当たり前だ。それとも、この行為は誰かに強要されて無理やりさせられたとでもいうのか?」


「いえ、先生のおっしゃる通り理由はありますが、強要されたと言うほどのものじゃないです」


「なら、大人しく罰を受けておくことだ。あと、恐らくは関係している者もいるんだろう?その生徒達にも言っておけ。何度もこんなやり取りをするのも不毛だからな」


影沼はそれに苦笑いだけで返した。それだけで認めているようなものだが、敢えて言うことも無いだろう。丸井も特に気にした風もなく弁当箱を片付けると席をった。


「そろそろ昼休みも終わる。次の授業に遅れんようにな」


「え?・・・わわっ、ほんとだ。急いでご飯食べに戻らないと!」


「間に合えばいいな。では、私は失礼する」


丸井はそのまま背を向けて職員室に戻っていった。

その背を見ながら影沼はふと言葉を漏らした。


「本当に隙が無いなぁ。・・・っとと、行ってる場合じゃなかった。さっさと戻らないと」


そうして、影沼は慌てて教室へと戻るのだった。

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