第十話 今度こそあの感覚を!・・・できた!できた?
あれから数日、飯垣は朝も放課後も竹林に籠っていた。
あの日、何かを掴みかけた気がしたのだが、同じようにしてもまるで幻だったかのようにその感覚を掴むことはできなかった。
「ダメだぁ。何が悪いんだ?もうちょっとで何か掴めそうだったんだけどなぁ」
「行き詰ってるならまた先生の修行を見に行ってみても良いんじゃない?何かヒントを得られるかもしれないよ?」
「あ~確かにそうかもな。久しぶりに見に行ってみるか」
影沼のアドバイスを受けて、飯垣は数日ぶりに丸井の修行を盗み見に行くことにした。
翌日の早朝、例の竹林に行くと今日も丸井は竹林の中央で瞑想を行っていた。
見ている限りその様子は前と変わらないように見える。
しばらくその様子を眺めていたのだが、前回と違い丸井が走り出す様子もない。
――瞬間、飯垣は何かに支配されたかのような言い知れぬ感覚を味わった。
目の前の丸井は変わらず目を閉じたまま瞑想を続けている。その感覚も次の瞬間には幻だったかのように消え失せていた。
そうして結局その日の朝は最後まで瞑想だけで終わったのだった。
朝の盗み見が徒労に終わった飯垣は、面倒ながらも時間ギリギリでなんとか学校に辿り着いた。
「おはよう。その様子だとヒントは得られなかったっぽいね」
「あぁ、今朝はずっと瞑想しかしてなかった。なんか一瞬だけよく分からない変な感じがしたんだけどな」
「へぇ、そうなんだ。丸井先生だったら、今更基礎だけずっと続ける必要もなさそうな気がするけど、今日は上手く集中できなかったりでもしたのかな?」
そう言われて舞人は今朝の光景を思い返してみたが、丸井が集中を乱しているような雰囲気は感じなかった。むしろあの場に存在していなくても不思議ではないくらいに澄んでいたように見えた。
「いや、見た感じは微動だにせず集中しているように見えたけどな。まぁ、何考えてたのかまでは流石に分かんねぇけど」
「ふぅん。・・・そういえば舞人は竹林で瞑想している時に何考えてるの?」
「何ってそりゃ、周囲の竹の位置を感じ取ろうと意識してる・・・かな?」
「そこ曖昧なの?じゃぁ、その何かを掴みかけたっていう時も同じ感じ?」
問われて改めて思い出してみる。あの時は確か――
「確か最初は目の前の竹だけに意識を集中させて・・・それを続けていくうちに次第に周囲の音が遠ざかっていったような・・・それで・・・それで、何かを感じた気がしたんだが、疲れて集中が途切れちまったんだ」
「へぇ。そこまで思い出せたならもう一度試してみると良いんじゃない?
丸井先生がずっと瞑想してたのも、もしかしたらその集中力を鍛える修練なのかもしれないよ?」
「う~ん?確かにそうかもな。よし、放課後になったら早速試してみるか!」
そうしていつも通り授業中に居眠りをしていた飯垣は、いつも通り丸井からまたお叱りを受けるのだった。
放課後になると、飯垣はいの一番に教室を出て行った。
そんな飯垣を見ながら影沼は独り言のように呟いた。
「さて、僕の解釈はあってるかな?先生も素直にヒントを出してくれると嬉しいんだけどなぁ。まぁ無理を言ってるのはこっちだし、それは望み過ぎかな。何にしろ、これで舞人が何か掴んでくれると良いんだけど」
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放課後、さっそく竹林に来た飯垣は以前の感覚を思い返しながら、目を閉じた状態で目の前の竹に意識を集中させた。
集中を続けると目の前にあるはずの竹の輪郭が明確に浮かび上がる。そして段々と周囲の雑音が遠ざかっていくように感覚が研ぎ澄まされていく。
しかし、そこまでだった。それ以上の変化は訪れない。
精神的な疲労も溜まってきて諦めかけたその時、今朝の奇妙な感覚が再び飯垣を襲った。二回目ということもあり反射的に飯垣はその感覚に逆らおうとした。
すると自分の周囲一メートル程度の範囲を感覚的に把握することができるようになっていた。同時にあの支配されるような奇妙な感覚も消えていた。
試しにそのまま周囲のものを確認してみると、目の前の竹も、足元の枯草も感覚の通りにそこに存在している。
(お?分かる!周囲にある物が
新たな感覚を得たと感じた飯垣は、勢いのまま立ち上がり丸井の真似をしてみようと走り出した途端、竹の一本に思いっきり頭をぶつけて転倒した。
「っ!痛ってー!なんでだよ!」
思わず叫んだあともう一度試そうとしたが、その時にはもう先ほどの感覚は無くなっていた。
その後は集中も続かずあの感覚をもう一度掴むことはできなかった。
「くっそ!なんでだー!!」
竹林に飯垣の空しい叫びだけが響き渡った。
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「たった二回、領域の気配を感じ取っただけで抵抗できるようになるとは、まったく恐ろしい才能だな。私がこの感覚を身に付けるのにどれだけ掛かったと・・・」
飯垣から少し離れた場所にある竹の上で飯垣を見下ろしていた丸井は途中から愚痴の様になった呟きを零すとその場から姿を消した。
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