第六話 修行以前の話じゃねぇか?!
丸井との話から数日後、飯垣は丸井の空離仙心流武術の修行を見てその修行法を盗もうと躍起になっていた。
しかし、今に至るまでその光景を一度たりとも見ることは叶わなかった。
何故なら丸井が逃げるためである。
早朝も放課後もストーカーの様に尾行するのだが、曲がり角などで一瞬視界から外した途端、煙のように消え失せるのだ。
飯垣はあの時、丸井が付け足すように言った一言を思い出していた。
「できるのならってそう言う意味かよ。騙された!」
「まぁそりゃ門外不出の技をそう簡単に盗ませるわけないよね」
憤慨する飯垣に対して、影沼は納得したように頷いた。
「何冷静に納得してんだよ!これじゃいつまで経ってもあいつに勝てないだろ?!」
「僕は別に勝ちたいなんて思ってないし。そういえば、今回は直接言いに行ったりしないんだね?」
「うっ」
それはもちろん飯垣も考えたのだ。しかし、あれだけ大見えを切ったのにも拘らず僅か数日で根を上げて、直談判に行くのは何か負けな様な気がしたのである。
(舞人は負けず嫌いだからな~正直そんなことに拘ってたら先生に勝つのなんて無理じゃないかな。まぁ面白いから言わないけど)
「そもそも周囲のことを把握してんなら、尾行なんて意味ねえんだよな。だからといって隣を付いて行ったりしたら盗み見ることにならねぇし。どうすりゃいいんだ?」
あくまでも盗み見るというところに拘っているらしい。意外なところで律儀である。残念ながら相手に気づかれている時点で盗み見ることにはならないのだが。
「それならとりあえず全力で付いて行って場所を突き止めてから、次の日にその場所で待ち構えて盗み見たらいいんじゃないかな」
「おぉ、なるほど!・・・いや、でも場所を変えられたらお終いじゃねぇか?」
「う~ん。多分だけど、その空離仙心流武術の修行ができる場所ってそう多くはないと思うんだよね。丸井先生の性格的にも安易に場所を移したりしなさそうだし」
「確かにどこでもできるって感じじゃなさそうだよな。ん?でも、俺一度島中を探したけど、丸井の姿見つけられなかったぜ?」
「そりゃ、舞人が近づいたらに修行を中断して身を潜めるとかしてたんでしょ」
「あ~くそっ、そういうことか。道理で見つからなかったわけだぜ」
悔しそうに飯垣が机を叩いた。
それを見ながら影沼は自分が提案した方法の欠点を考えていた。
(そもそも追いつけないと場所を特定することもできないんだよね。まぁ今思いつくのはそのくらいだから、舞人に頑張って貰うしかないんだけど)
翌日、影沼の予想通り、飯垣は追いかけようとして見事に撒かれてしまった。
見失いそうになった時点で異能まで使って身体能力を上げたにも拘らず、である。
「くっそぉ、何なんだよアイツほんとに人間か?!武術で早さまで上がるのはおかしいだろ!?」
「特殊な歩法とか走法を使ってるのかもしれないけど、それでも異能を使った舞人でも追いつけないのは異常だね。まぁ住宅街とかだと舞人の全速力じゃ曲がり切れないってのもあるだろうけど」
「うぐっ!あの状態で直角に曲がったりするの難しいんだぞ。屋根の上飛んできゃ速いんだけど、途中で身を隠された時点で見失っちまうしなぁ」
どうすればいいか悩む飯垣に、楽し気な笑みを浮かべた影沼がこう続けた。
「そうだね。それじゃ追跡もダメだったし、次の案に行こうか」
「はっ?なんか良い案があんのか?」
「うん。昨日舞人が追いかけっこしてる間にね。学園長に聞いてきた」
「なんだよ、それならそうと早く言ってくれよ。で?どうするんだ?」
「うん。それが意外なんだけどね?・・・」
そう言って、影沼は昨日のことを思い出しながら飯垣にそのことを話した。
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Side.影沼(ここからは影沼視点のお話になります)
―コンコン
影沼が学園長室の扉を叩く。
「どうぞ」
中からの返事に扉を開けて入ると、露木は机に積まれた何らかの書類を処理しているところだった。
「失礼します。お聞きしたいことがあってきました」
「ふむ。何だね?」
「丸井先生のことです。あの人何か弱点とかないんですか?」
影沼の歯に衣を着せぬ発言にも、露木は動揺した様子も見せずに答えた。
「ぶっちゃけたことを聞くね。弱点なんてそう簡単に人には晒さないと思うが?」
「弱点とは言わないまでも、誰でも弱みや苦手なものの一つや二つはあるじゃないですか。あの先生隙が無さ過ぎるんですよ」
「影沼君がそういうのは相当だね。まぁそれも当然だ。彼女は心身を鍛えるためにあの武術を修め自分を律しているからね。早々隙を見せたりはしないだろう」
なかなか口を割ってくれそうにない露木に対して、影沼は別の方向から揺さぶりを掛けてみることにした。
「舞人も今はやる気を見せて丸井先生に食らいついてますけど、ずっとあんな状態が続いたらイライラが爆発して別のものに当たり散らすかもしれませんよ?」
「飯垣君には武術の件で他の教師には手を出さない約束はしたのだがね。とはいえ、他の生徒に当たったり学園を壊されても困るか。能力が暴走したら約束も意味を為さないだろうしな。・・・仕方あるまい。彼女のプライベートに関わることだから、できるだけ内密に頼むよ?」
学園に被害が出るのが嫌だったのか、意外とあっさり取引に応じてくれた露木を意外に思いつつも、情報を得られそうなことに満足した影沼は内密にという露木に対して同意を示した。
「もちろん。言い触らすようなことはしませんよ。僕だって丸井先生に恨まれたくありませんから」
「だろうな。それで本題についてだが・・・実は彼女、甘いもの特に洋菓子に目がないんだ」
「は?」
「ケーキとかシュークリームとかが好物の様でね。信じられないくらい表情が緩むよ」
影沼の間抜けな声も気にせず露木はさらにそう続けた。
まったく予想していなかった話を聞いた影沼が思わず突っ込みを入れた。
「いやいや、丸井先生が来て二か月以上経ちますけど、そんな話聞いたことないですよ?」
「それはそうだろう。さっきも言ったが彼女は自分を律している。いや、縛り付けているといっても良いくらいにストイックな生活をしている。恐らく、自分からそういうものを食べに行ったりはしないだろうな」
そう言って、露木は数年前に彼女の師と共に食事をした時のことを思い出しながら話を続けた。
「私がそれを見る機会があったのは彼の師と共に食事に行ったことがあるからだ。彼女は出された料理を残すような人間ではない。その時はコース料理を頼んでいてね。デザートにイチゴのショートケーキが出されたんだ」
「はぁ、それでそのケーキを食べて表情を緩ませたと?」
「一口食べた途端、彼女は硬直して少しするとその無表情をゆっくりと緩ませていった。まるでクリームと一緒に頬が解けていくように。
その後はもう宝物を扱うかの様に残りのケーキをゆっくりと味わっていたね」
影沼は露木の話を聞きながらもその光景をまったく想像することができなかった。あの丸井先生が表情を緩ませてケーキを堪能する姿がどうしても浮かんでこなかったのである。
「君の言いたいことは分かる。信じられない、だろう?私も実際に見てなければ同じ感想を持っただろうね。だがこれは事実だ。まぁ数年前のことであるから、彼女の好みが変わっている可能性がないとは言い切れないが、少なくとも彼女の性格から食べ過ぎて飽きたということはあり得ないだろうな」
それは分かる。というか、今の話からすると確かに自分から食べに行ったりはしなさそうではある。まったく噂がないことからもそれは保証されている。
「私から言えるのはこれくらいだな。信じられないのは分かるが、試してみるだけならタダだろう?あとは君達の交渉次第ということだね」
「有益な情報ありがとうございました。せいぜい有効なカードにしてみますよ」
「あぁ、あの二人のことは君に任せる。上手いことやってくれたまえ」
まるで丸井のことまで自分に何とかしろと言うかのような露木の言葉に、影沼は流石に否定の言葉を返した。
「舞人はともかく、丸井先生の手綱なんて握れませんよ」
「いや、人付き合いの話だ。前にも話したと思うが、彼女は人と関わるのに慣れてないからね」
「はぁ、まぁ頂いた情報分は働きますよ。それでは」
そう言って影沼は学園長室を出て行った。
「やれやれ、また丸井君に怒られる理由が増えてしまったな。どうにか言い訳を考えておくか」
影沼が出て行った扉を見ながら、露木はそう独り言ちた。
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