第五話 その武術、俺にも教えやがれ!

学園長から空離仙心流武術のことを聞いた翌日の放課後、飯垣は早速影沼にその話を漏らして意見を求めた。


「空離仙心流武術かぁ。当然だけど聞いたことないなぁ」


「他言無用とか言ってたしな」


「舞人、他言無用の意味知ってる?」


何でもないことのように言う飯垣に、影沼はそう問い返してみたが飯垣はやはり当たり前のように返してきた。


「ん?他人に言うなってことだろ?」


「あぁ、うんそうも読めるね。でも、僕以外にその話をするのは止めておこうか」


「あ?あぁ別に灰斗以外に相談するつもりはねえけど分かった」


(他人じゃなくてもダメなんだよなぁ。どうせ言っても無駄になりそうだし、まぁいいか)


「それにしても丸井先生の強さの秘密が武術とはね。ある意味分かり易いけど、あれを武術で片付けるのは無理がある気もするなぁ」


「その武術以外にも何か秘密があるってことか?」


「いや、その話が本当ならどんな攻撃にも対応できるのも納得がいくけどね。自分の周囲数キロメートルの状況を把握するなんてどう考えても人間業とは思えないんだよなぁ」


「だよな!背後とか見えるわけねぇし、数キロとかどんな視力してんだよって思うよな!」


勢い込んで同意してくる飯垣に、ちょっと意図が違うんだけどなと思いつつも影沼は自分なりの考えを述べた。


「どこかの部族には数キロメートル先が見える人も居るらしいけどね。この武術の場合は視力じゃなくて気を感じ取るってことなんだろうね。僕達で言うと超能力で気配を感じ取れるとかそういう感じなのかな」


「じゃぁやっぱり俺らと同じようなもんじゃねぇか」


「まぁそうとも言えるかもね。突然身に付けたか、修練の末に身に付けたかの違いはあるけど」


影沼の発言を聞いて飯垣はしばし考え込むと、思いついたことを影沼に尋ねた。


「修練か、つまり俺も能力を鍛えればあいつに勝てるってことか?」


「可能性はあるかもね。どんな修練をどれだけすればそんなことが可能になるのかは見当もつかないけど」


「いるじゃねぇか。分かる奴が」


「えっ?」


「丸井だよ。あいつに聞きゃ、どんなことしてんのかも分かんだろ」


「いやいや、この前尾行しようとした時も撒かれたじゃん。教えてくれるわけないと思うよ?あぁ、あと丸井先生ね」


まさか本人に聞くなどという発想に至るとは思わなかった影沼は、慌てながらも前回の失敗からそれは無理だろうと反論する。しかし、飯垣はさらに意外な回答を返してきた。


「あの時は武術のことも知らなかったしな。武術を秘密にすることを取引材料にすりゃいけんじゃね?」


「あ~・・・それは考えてなかった。舞人、意外と頭いいね」


「お!だろ、だろ!?いや~これならいけると思ったんだよな!」


(秘密を洩らされる前に消すとかならなければいいけどね。いや、流石にないか。ないよね?)


丸井先生も新任とはいえ教師だし、生徒の命を奪うようなことはしないだろう。

それに、そんなことになれば流石に学園長も黙ってはいないと思うし。


「よし!それじゃ、さっそく行ってくる!」


「え!?あ、あ~行っちゃった。ほんとに大丈夫かなぁ。一応学園長に話だけしに行っておこうかな」


いうが早いか走って行ってしまった飯垣を見送りつつ、影沼は学園長室に向かうのだった。


「丸井!話がある!」


「飯垣、教師を呼び捨てにするのは止めなさい。もういい加減注意するのも疲れるから言葉を理解して欲しいのだが」


「そんなことはどうでもいいんだよ!話があるって言ってんだろ。屋上に来い」

「突然押しかけて付いてこいとは横暴だな。何の話だ?」


「ここで言っても良いのか?あんたの秘密に関することだぞ?」


意外にも配慮する精神を持ち合わせていた飯垣が声を潜めて尋ねた。


「・・・仕方ないな。いいだろう」


屋上に出るとさわやかな風が頬を撫でる。

時刻は夕方に差し掛かろうとしていた。


「それで、話とはなんだ?」


「・・・あんたの強さの秘密、空離仙心流武術について聞いた」


飯垣の言葉を聞いた丸井は頭を抑えて空を仰いだ。


「露木学園長か、まったく口の軽い。彼も他言無用でであることは聞いているはずなのだがな」


「その武術、俺にも教えやがれ!」


「断る。これは門外不出のものだ。加えて私自身、未だ修行中の身だ。人に教えられるような存在ではない」


「修行中?あんた既に化け物みたいに強いじゃねぇか」


「前にも言ったはずだ、井の中の蛙だと。それに私が空離仙心流の門人もんじんとなったのは強さを求めるためではない。心身を鍛えるためだ」


その後も、飯垣は言い募ったが、丸井の返答はにべもなかった。

最後の手段と飯垣は、苦し紛れの一言を吐いた。


「くっ!丸井、あんたは教師だろ。生徒の自発性を潰していいのかよ!」


「・・・私は、空離仙心流を教える立場にないし、その資格もない。しかし、お前が私の修行を盗み見て覚えるのはお前の勝手だろう。できるのならばな」


飯垣の苦し紛れの一言は意外にも丸井に刺さった。

普通の教師であれば一蹴することだろう。それとこれとは別の話だと。しかし、丸井は教師経験はおろか学校に通ったことすらなかった。そのため、教師として生徒の成長を促すという基本の話をされると無下にすることはできなかった。


「お?見て覚えろってことだな!よっしゃ、覚悟しろよ。絶対にその武術を身に付けてリベンジしてやるからな」


「・・・好きにしろ。用事は終わったな?では、私は戻らせて貰う」


そう言うと丸井はさっさと階段を下りて屋上を後にした。

後には夕日を背に一人叫ぶ飯垣だけが残された。

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