第10話:幼女が怖いだって? この肉片よりも?

「……これで旅の準備はばっちりよ」


「こんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫よ、問題あるわけないじゃない」


 なんとか軽口を絞り出しながらも、その作り笑いは明らかに引き攣っていて、お世辞にも上手な笑顔だとは思えなかった。こんな幼女がオレに気を遣って無邪気に笑えないなんて絶対におかしい。そして、それをどうすることもできないオレは、あまりにも無力だ。問題ありまくりだろ。


「おい、お前、おとな達がうわさしてたわるい魔女だろ」


「……だったら何?」


 リゼッタたんがとぼとぼと村を後にしようとすると、子供たちの集団が村の出口を塞いでいた。ぴたりと足を止めると、リゼッタたんは小さくため息を吐いてからぶっきらぼうにそう言い放った。悪い魔女? リゼッタたんが? おいおい、ちょっと世界征服を企むネクロマンサーだからってそれは言い過ぎじゃない?


 リゼッタたんとあまり変わらない年齢のはずの彼らは石や木の棒を手に持ち、彼女のことを敵意剥き出しで冷たく見つめている。近頃の若い子はずいぶんと物騒だな。一体大人にどんなことを吹き込まれたのか、ま、大方予想はつくけど。


「おい、死体あやつりの魔女はぼく達が退治してやる! 魔女は出て行け!」


 ま、そういうことだろうな。死体を弄ぶネクロマンサー、なんて不気味この上ないもんな。


 子供たちはそう叫びながら容赦なく石を投げ始める。お、おい、待て、そのサイズの石は普通に危ないだろ!? リゼッタたんは一瞬驚いたみたいだが、すぐに手をかざして小さく呪文を呟いた。彼女の手からぞわりと淡い光が放たれ、石は彼女に届く前に地面に落ちた。


「うわあああ、魔女がぼく達を魔法で殺そうとしてる!」


「死体あやつりの魔女がこの村のみんなを殺してあやつろうとしてるんだ!」


「に、逃げろ、いや、殺してしまえ! ぼく達の村はぼく達で守るんだ!」


 子供たちはさっきまで自分のしていたこともすっかり忘れやがって、なんかあらぬことを叫び始める。このクソガキどもめ、先に手を出したのはテメエらの方やろがい!


 それはほとんどパニック状態だった。また石を投げられるか、それとも、騒ぎを聞き付けた大人も加わりそうな不穏な叫び声。これ以上の騒ぎになるのはなんだかマズい気がするぞ。今までのリゼッタたんの態度からするに、リゼッタたんは別に村の人たちといざこざを起こしたいわけじゃないのに。けど、このままじゃ。


 だけど。


「やめろ!」


 そう叫んで収拾のつかなくなった子ども達をぴしゃりと黙らせたのは、どこからともなく現れた村の長老っぽいじいさんだった。彼は子供たちを叱りつけ、「リゼッタにはもう関わるな」と命じた。子供たちは不満そうに退散し、長老はリゼッタに一瞥をくれた後、静かに去っていった。


 よくわからんがとりあえずなんとか切り抜けたのか? と思ったら、クソガキの誰かが悔しまぎれにまた石を投げやがったらしく、それがたまたまリゼッタたんの額に当たる。


「ッ!?」


 突然の不意打ちに思わず倒れ込むリゼッタたん。思わぬ衝撃に、とんがり帽子は地面に落ちて、リゼッタたんの長い銀髪がばさりと乱れる。倒れた拍子に買った食べ物やオレが入っていた袋も落っことしてしまうが、い、いや、そんなことよりも。


「お、おい、大丈夫か! リゼッタたん!?」


「……平気よ、こんなのはいつものこと。薬をつければ治るわ」


 ゆっくりと起き上がったリゼッタたんは深く息をつき、額の傷から流れる血を乱暴に拭うと、オレを抱きかかえてふらつく足取りで帰路に就いた。その足取りは弱々しく、あの怪我で、というよりは、村人たちからの仕打ちによる精神的なダメージの方がずっとつらそうに見えた。


 こんなん普通の幼女なら泣いちゃうやろがい。リゼッタたんはなんて強いんだ。だけど、強くて、でも、弱い。リゼッタたんは、ただの魔女っ娘ネクロマンサー幼女なんだ。


「いつものことって……」


 彼女が求めていたのはただのささやかな日常の一部だったはずなのに。


 それなのに、村人たちにとってこんなに小さくて可愛いリゼッタたんの存在は脅威でしかなかったのだろうか。

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