第8話:肉片は眠らない

 その日の夜、オレは一切の睡眠を必要としないことに気付き、リゼッタたんの可愛い寝顔を堪能しようとしていたところを、あえなく彼女に見つかり本棚の奥にしまわれたのが本日のハイライトです。この幼女、なおもオレをアイテム扱いとはなかなかやりおるな。


 そして、次の日。


「とにかく、アナタの身体を復活させて、ふふっひ、世界征……アナタを自由にさせてあげなくっちゃ」


「ねえ、ほぼ言ってたよ、リゼッタたん」


 この幼女、実はとんでもない危険思想の持ち主なのでは? その歳で世界征服を企むのは相当なもんだよ? あと、やっぱり笑い方のクセが強いな。


 真っ暗な本棚からテーブルの上へと移動させてもらったオレは、ぐるんと左眼球を動かしてリゼッタたんのとことこ動き回る姿を鑑賞……違った、観察することにした。というか、それしかできない。


「そのためにも、まずは旅の準備をしなくっちゃね!」


 昼間までがっつり寝坊していたリゼッタたんはむにゃりと起きるや否や、世界征服に向けて小屋の裏にあったボロボロの荷車に、必要そうな物をウキウキで投げ入れていく。が、その大半が分厚い本や何に使うのかわからないガラクタばかりで、必要そうな物は一切なさそうに見えた。オレにちゃんとした身体があれば、幼女がもたらすこの惨状を止めることができるのに。


 そういえば、近くにはこの荷車をひくための馬も見当たらないけど、リゼッタたんはこの荷車をどうするつもりなんだろうか。


 そうして、馬車の荷台にひとしきりガラクタを投げ入れ終わったのか、ふとリゼッタたんが手を止める。というか、小屋の中にあった物をほとんど積んでしまったようだ。もう小屋には大きな家具以外は残っていない。あの刺繍入りのボロボロのシーツや毛布は持っていくんだ。


 これじゃあ、旅、というよりは、ほとんど引っ越しじゃない? リゼッタたんの様子や、昨日、本や物を無造作に投げ捨てているのを見るに、この小屋の物には未練があまりなさそうだけど。


「……この森の近くに村があるわ。そこで色々買い物をしましょう」


 だけど、その言葉とは裏腹にその表情はなんだか冴えない。少し俯いて躊躇いがちに黒いローブの裾を握ってもじもじしていた。さっきまでのウキウキ幼女の姿は一体どこにいってしまったのか。


「どうしたんだい、リゼッタたん?」


「う、うん、あんまり気乗りはしないのよね」


「え? 遠足の前のおやつを買いに行くのにワクワクしない小学生がいるんですか?」


「ちょっと何言ってるかわからないですね」


「急に距離感を感じる」


 しかしながら、近くに村があるというリゼッタたんの言葉に違和感を覚えてしまった。どうして、近くに村があるのにリゼッタたんはこんな薄暗い森の中で、しかもたった一人で住んでいるのだろう。ずっと思っていたけどご両親とかはいないのか? こんな可愛い幼女を助けてくれる人とかいないのか? どうなってんだ、この世界は。


 すると、オレの左眼球に浮かぶ怒りとか困惑とか、そんな絶妙な感情を見つけてしまったのか、リゼッタたんは小さなため息と悲しげな笑みを滲ませた。オレの気持ちもわかってくれるなんて、やっぱりオレとリゼッタたんは相思相愛なのかもしれない。オレにリゼッタたんの気持ちはまだ読み取れなかったけど。


「わたし、あの村の人全員から嫌われているから」

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