第3話:新鮮な肉片を媒介とした超絶黒魔法のような何か

 幼女はおもむろに、オレの頭部を両手で優しく持ち上げ、静かに目を閉じた。彼女の薄い唇がゆっくりと動き始め、謡うような言葉が静かに紡がれる。え、何? 何が始まるんです? こ、こわい!


 だが、抵抗しようにもオレは頭部だけ。助けてあげる、と言った幼女の言葉を信じるしかない。これで急にオレの無念の思いを成仏させるとかの、とんちを効かせたある意味での救いとかいらんからな、た、頼むぞ、幼女!


「■■■■■・■■■■、魂の深淵より呼び戻されし者よ。闇の契約に従い、失われた命を再び原基へと結びつけん、」


 オレを持ち上げていた幼女の手から淡い光がごぽりと漏れ出し、その光がオレの頭部を包み込む。そして、ゆっくりと幼女の手を離れて宙へと浮かぶオレを中心として、まるで血が滴るような禍々しい魔法陣がどろりと浮かび上がる。……え、大丈夫これ?


「■■・■■■■、冥府の扉を開け、死者の声を聞き届けよ、根源へと至る者を留まらせよ、」


 彼女の周囲に黒い霧が立ち込め、森の中の空気が一瞬にして冷たくなる。幼女の声はその幼さからは想像もつかないほどぞっとする響きで、さらに低く、さらに力強く。ふ、不穏すぎる。一体何をしているんだ、この幼女は。完全に、タダで生き返らせてくれそうな気配がないのだけはわかった。というか、幼女の詠唱の一部が、オレにはノイズのように耳障りになって聞き取れないのはなんだ?


「■■■■■・■■■■■、絶望の淵から這い上がりし魂よ、永遠の眠りより目覚め、今ここに姿を現せ。命の灯を不浄の元に漆黒と野晒せ、」


 彼女の大きな紫色の瞳が輝き、全身が魔力に満ち溢れる。ふわり、彼女の長い銀髪が大きなとんがり帽子の下で優雅に舞い上がる。おお、なんかいきなりファンタジーっぽいのを特等席で観ているぞ! 今にも不穏な魔法をブチ当てられそうになっているけどな!


「■■■■■・■■■、生死を超えし絆よ、■■を超え、再び生に縛られることを悲嘆せよ、絶えぬ死の恐怖に歓喜せよ、■・■■■■■■■・■■■■!」


 詠唱の最後の言葉が響き渡ると同時に、魔法陣から放たれたどす黒くおぞましい光が強く輝き、オレの頭部に流れ込……もうとして、何か別の力によってぐしゃりと弾かれた。……え? え? 何が起きたのですの?


 魔法陣は血飛沫のように霧散して、オレはそのままぼとりと草原に上に転がる。無限大な夢のあとの何もない世の中みたいなあっけない幕切れに、静かな森の囁きだけが痛くないはずの耳に痛々しく鳴り響く。なんだ、失敗か? なんかすごそうな詠唱してたけど、やはり魔女っ娘には荷が重すぎたのか?


「どういうこと……?」


 この状況に驚いているのは幼女の方だった。無様に転がる頭部を見下ろして、ひどく狼狽えているようだった。ねえ、いいから早くそのささやかなお胸の内にオレを抱きかかえてくれないかい?


「わたしの死霊術が効かないなんて。あなた、何者?」


 はい、オレはただの最強チート異世界転生者です。そう言いたいのは山々だったが、果たしてこんな無様な姿の俺が、異世界で最強チート能力を使って美少女ハーレムなんて作れるかわからないし、そもそも話すこともできない。


 というわけで(?)、美少女ハーレムの件は一旦置いといて、ひとまずはこの幼女で我慢しておくか。ちなみに、我が名誉のために言っておくが、オレはロリコンではない。ちょっと大人っぽく背伸びしたい小さな女の子が好きなだけだ。だから、オレはロリコンではない。


 死霊術、ということはこの幼女はネクロマンサーでしたか。あの怪しげな呪文でオレに何をしようとしていたのかは、あえて今は問いたださないでおこう。


 ところで。


 幼女の言う通り、オレは一体何者なのだろう。


 推しを電車から守って、そして、死んだ、ただのキモヲタか。


 この世界ではただのグロくてちょっと動く肉塊か。


 だから、オレが何者なのかと問われても、たとえ話せたとしても、わからない、としか答えようがない。ちなみに、オレの名は……うおっと!?


「死霊術がなくても動いてるし、もしかして、アナタ、特別な存在なのかもね」


 ぐっしゃぐしゃなはずのオレの頭部を躊躇いもなく拾い上げた幼女は、唯一動くオレの左眼球をまじまじ覗き込む。思わず恥ずかしくて目を逸らしてしまったけど、この幼女の不思議な輝きを持つ宝石のような紫色の大きな瞳には、どこか幼女らしくない影があるような気がした。


 なるほど、魔女っ娘ネクロマンサー幼女でしたか。悪くないな。

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