第2話:肉片、異世界で幼女と出逢う。

(ここは……もしかして異世界……?)


 明らかに安っぽいWEB小説の読みすぎだってのは自分でも自覚してる。導き出した結論があまりにも突拍子なさすぎる。完全に思考停止だ、異世界転生しとけばバズるんだろって思っちゃってる。


 最近、なんかお手軽に異世界転生しすぎて感覚が麻痺してるんだワ。もっとこう、なんかあるだろ、人が一人死んでるんですよ。アニメだって異世界転生モノばっかりでうんざりしてたところだ。


 だけど、この状況はまさに異世界転生、というものなのでは? いや、身体がそのままだから異世界転移なのかもしれないけど。この際、もうどーでもいい、異世界転生モノにそういうキメこまやかな機微を求めてもしょーもない。作者の人、絶対そこまで考えてないと思う。


 いや、でも、まあ、まさかね、インターネッツイキリ中高生でもないヤツが異世界転生なんてするはずないって~。などと、さすがにフィギュアを守って電車に轢かれた、いい歳こいた社会人のオレには、にわかには信じられない思いで改めて周囲の景色をもう一度見渡す。……あの時現場にいたみんな、正直すまんかった。


(いや、でも、これは……)


 見たこともない植物や、異様に明るい空。都内ではありえない自然豊かな風景。確かにここは現実世界ではない気がする。おいおい、推しがいる二次元の壁飛び越えて異世界来ちゃったよ、どーすんの、これ?


 というか、そういえば、異世界転生によくある、頭の弱い女神様とかがいる天界みたいなのを経由していないな。女神様から世界観の説明とかオレがかんがえたさいきょうのチート能力の付与とかないの? 気付いたらこの森にバラバラのまま転がっていたんだけど。何の説明もなしは親切じゃなくない? チュートリアルでゲームの良し悪しを判断する邪悪な人間もいるんですよ!


 ……ここで心の叫びを吐露していてもしかたない。まあ、来ちゃったもんはどーにかするしかないだろう。


 とはいえ、無事(?)異世界転生を果たしたはいいが、バラバラ死体のままで身体がないんじゃ何もできない。死んで頭部だけになって転がってるだけだ。……あれ? もしかして、オレ、詰んだ? このままだと、森の中で朽ち果てるだけなのでは? 幽霊の方がまだマシなのでは?


 そう思うとなんか急に無力感が押し寄せてきた。


 左眼球しか動かせない、ほとんど死体と変わらないアンデッド以下のただの肉塊に過ぎないオレの存在とは一体何なのだろう。どうして、オレはあのとき満足して死ななかったのだろう。


 このささやかな視界に広がる光の中には、もはや絶望しかなかった。


 オレはこのまま死ぬのか。ならば、どうして異世界に転移したんだ。どうしてこうなった。


 オレがゆっくりと目を閉じようとしたその時、視界の片隅に動く影が見えた。小さな人影がこちらに近づいてくる。オレはギンッと必死に瞼を上げた。


 その人影はどうやら、大きな黒いとんがり帽子を危なっかしく乗せた薄い銀髪と、古ぼけた黒いローブを揺らす小さな女の子のようだった。おそらく10歳にも満たないほどの小さな幼女は怪訝そうにじっとこちらを見つめている。幼女から見下ろされるこの感覚、初めてでなんだかゾクゾクしちゃうな。


「あなたは……?」


 幼女がオレに声をかけるがもちろんオレは答えることができない。というか、普通、ただのグロテスクな肉塊と化している今のオレに話しかけるか? 幼女だからってやっていいファンシーとダメなファンシーはあるだろ。


 彼女はしゃがみ込み、頭部だけとなった無惨な姿のオレを、紫色の大きな瞳で見下ろして、ほんの少しだけ蠱惑的に口角を上げた。ぞくりとオレの新たな性癖のドアが開きかける感覚とともに、この幼女からは何か不思議な力を感じた気がした。


 オレを苛む新たな感情になんだかゾワゾワしていると、おもむろに幼女がオレの頭部に手を差し伸べる。彼女の小さな手の温かさと冷たさが、傷だらけでぐしゃぐしゃになったオレの頬に伝わってきた。


「大丈夫、わたしが助けてあげるから」


 ……ふむ、幼女か、アリだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る