第1章:肉片だって生きているんですよ(迫真)
第1話:これ、肉片だよ、肉片!
ゆっくりと目を開け……ようとしたが、どうしてもそれはできなかった。とてつもない睡魔に襲われているかのように、どうしても瞼を上げることができなかった。視界は依然として暗く、そして、何も感じない。痛くもなければ恐怖もない。オレという概念がただ虚無の中を漂っているのかもしれない。
ああ、これが死というものなのか。
慣れてしまえば案外と心地いいものなのかもしれない。オレの存在はこのまま薄暗い虚無へと消えてしまうのだろうか。
だけど、そんなオレの考えとは裏腹に、いつまで経ってもこの暗闇からオレの意識が消えることはない。なんだったら、意識がぼんやりと戻り始めたまである。まるで長い夢から覚めるような感覚が全身を包む。え、なんこれ。
オレはすぐに違和感に気づく。もしかして、これ、全然死後の世界じゃない? ということは……なんだこれ? 身体が動かないのは……そうか、電車に轢かれて全身バラバラになってるからか? ということは、オレはまだ、生きている? え、何、どういうこと? オレはまだ死んでない? 一体あれからどれほどの時間が経っている?
何も理解はできていないが、とにかく自分の状況を把握したい。いつまでもこのままではよくないと思う、だから、いつまでもこのままではよくないと思うんだ。
電車に轢かれながらも、オレは推しを守って死ねた。それだけで良かったんだ。それがもし、オレがあの絶望的な状況から生きているのならば、もう一度彼女に会える。こんなに幸せなことはないだろう。それこそが奇蹟、いや、純愛だよ。
オレは、今度こそゆっくりと目を開けようとするが、瞼はすさまじく重く、ぷるぷる痙攣しながらこじ開けた僅かな視界は片側しか見えない。それでも、暗闇の端に光が差し込んだことが、オレにほんのちょっぴりの勇気をくれた。そして、右眼球がないことに気づくのに時間はかからなかった。というか、その右目付近が大きく抉れてしまっているようで一切の感覚がなかった。大分重傷じゃあないか。まあ、電車に思いっきり轢かれたんだから仕方ないか。
残った左眼球を光差すの方へぎょろりと動かすと、見える景色は、見慣れない森の中だった。……え、病院とかじゃないの?
(ここは……どこだ?)
疑問を口に出そうとしたが、言葉は発せられない。さっきからなんだ、身体が自由に動かせないぞ。どんだけ重傷だったんだ。いや、なんとなく全身が爆発四散してバラバラに千切れ飛んだような気がしたんだ、そりゃ、尋常じゃない後遺症もあるだろうけどさ。なんだかそれとも違うような気がするんだよなあ。
また、ぐちゅりと左眼球を動かす。これだけが何もわからないオレが唯一できることだ。さっきから効果音が気持ち悪いな。
どうやら、オレは草の上にいて周りには木が生えている。こんな自然豊かな場所が都内にあっただろうか。
ますます意味がわからなくなってきた。オレは今どこにいて、どんな状態なんだ。
もしかして、オレは死んで幽霊にでもなってしまったのか? この世に留まるほどの強い未練があるとしたら、もう推しのライブに行けないことくらいだが。
ある意味で、本望な死に方をしたと自負していたけど、まだそんな未練があったのかもしれない。幽霊って結構身動き取れないんだ、もっと自由に動き回って女子校の更衣室とか覗き放題だと思っていたのに。
最後の記憶がフラッシュバックする。駅のホーム、宙を舞う推しのフィギュア、電車のブレーキ音……そして、衝撃の瞬間。理解した。自分は死んだのだ。あの瞬間、命よりも大切な彼女を守るために、文字通り命を捧げたのだ。
ということは。
どうやら、オレはガチで死んだらしい。少し強引だが、そう考えた方がなんとなくしっくりくる。幸い痛みもないし。
そして、幽霊とは死んだときのその状態で存在しているらしい。
例えば、オレみたいにバラバラになったやつはバラバラのまま動くことができず、これがもし、五体満足の幽霊なら自由に動けるってことだろうか。他の幽霊を見たことがないからわからん。本当か?
とにかく、今、オレの姿は完全に規制が入ってモザイクが掛かっているってことだけはわかる。全編フルモザイクは斬新すぎるだろ。いい加減にしろ!
つまり、オレが左目以外全く動けないってことは、オレは頭部以外全部バラバラになってしまったってことだ。手足の感覚はおろか、話せないし口も動かせないってことは下顎も吹き飛んじまってるな。
大きく裂けた口からは、しまう場所のない舌がだらりと飛び出したままだ。そもそも下顎がないから、声帯は動いても音は外に出ない。心の中で呟くしかない自分の、自身の死に対する意外なまでの無感動に驚きと恐怖が押し寄せる。オレは一体どうなったんだ。バラバラになった幽霊なんてガチで聞いたことないぞ。
それに、見たこともない森の中に転がってるのはなんだ? 頭部だけがここまで跳ね飛ばされてきたのか? やっぱり、死後の世界? 死んだときの状態で行くもんなの?
そ、そうだ、聴覚はまだ生きている。耳がある感覚はなんとなくわかる。自身の存在は幽霊だとして、今度は周りの様子を確認しなければ。
耳をすませば。……いや、なんかこの場合は、グラインドゴアもスプラッターも真っ青なグロい頭部だけの幽霊が、必死に聴覚を研ぎ澄ましているだけなので全然エモくもないやつだ。
次第に周囲の音が鮮明に聞こえてくる。鳥のさえずり、風の音、葉の擦れる音。そして、そんな中で全く聞こえない心臓の鼓動、自身の生命の脈動。全く動けない死んだ自分、というのを改めて認識してしまって、胸の中に(胸すらもないけど)冷たい恐怖が広がる。
それにしても、あまりにも都会っぽくない音しか聞こえない。それこそ、オレがいた駅のホーム周辺なら、電車や車の騒音、たくさんの人が話す音が聞こえてくる方が自然だろう。
それが、全く聞こえないのだ。あまりにもマイナスイオンがどぴゅどぴゅ溢れ出してそうな豊かな自然の音しか聞こえない。どこ、ここ?
あ、もしかして……
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