異世界肉片転生 ~異世界転生したオレ、まさかのバラバラ死体のままだし、肉片が絶対防御の素材になっていたので、ネクロマンサーの幼女と共に自分の身体を取り戻しにいきます~

かみひとえ

プロローグ:ある男のはた迷惑な死に様

 オレはこの日のために生きてきた。


 オレじゃなくてもできそうなしょーもない仕事をだらだらとこなし、上司の小言を華麗にスルーし、できる限りの節約をして、なぜかダイエットにも励み、服装や体臭にも気を遣い、清潔感を損なわないようにお肌の手入れや毛の処理をして、ついにこの日がやってきたのだ。


 そう、推しに会うのにきたねえ恰好はできない。風呂スキップなんて論外だ。


 この日のために新調したジャストサイズの無難なシャツとジーンズ。奇抜な色とかデザインは要らない。そういうのは一部の自称オシャレさん()に任せておけばいい。オレらはとにかく清潔感が第一だ。とにかく風呂に入れ。ヨレヨレのTシャツは今すぐ捨てろ。


 今日はとても暑い日だった。いや、むしろ、オレにとっては熱い一日だった。


 そう、オレは今日というための日に生きてきたのだ。


 そして、オレはようやく手に入れた。


 年に一度のキモオタの祭典は、オレの住む場所からは絶妙に遠く、これを手に入れるために去年から会場近くのホテルを予約し、事前に周到な根回しをすることでさりげない有休を取り、夜行バスで前入りを果たしたのだ。


 そう、オレの推しは二次元にいる。一目見たときからずっと推しだったんだからしょーがないじゃないか。


 そうして、朝早くからファッキン社会のクソゴミクズ転売ヤーとのし烈な行列争いにも勝利して(その後訳のわからない言語を話す転売ヤーの群れは警官に連行されていった)、炎天下で5時間も待ち続けたのだ。まあ、この日のために生きてきたあの日々を思い出せば、こんなのはずいぶんと容易い試練だったが。


 そんなこんなで、その日の夜には、オレは我が家に帰る駅のホームで、推しの会場限定特別仕様のフィギュアの箱が入った紙袋をにまにましながらしっかりと抱えていたのだった。


 これはオレが自分の手で運ぶ。この尊さを何も知らない配達員なんぞに彼女を任せられるはずがない。オレの視線はその大きな紙袋に注がれ、まるで宝物のように大切に抱えているその姿は、周囲の人々にとってはきっと異様だっただろう。ガチでドン引きである。


 熱狂冷めやらぬ夜の駅はイベント帰りの同士やら会社帰りのサラリーマン、こんな夜遅くまでどこにいたのか怪しいJKや、鬱陶しいパリピでごった返していた。まあ、これはいつものことだ、多少どころじゃない混雑も今はむしろ心地よいまである。が、この紙袋にだけは何人たりとも触れないでほしい。


 だが、悲劇は起きてしまった。


「でゅわ!?」


 突然、後ろから誰かがオレにぶつかってきたのだ。クソ、これだから周りを見てないパリピは! などと悪態を吐く暇も度胸もなく、その衝撃に紙袋が宙を舞い、特別仕様の箱が飛び出す。


 その絶望的な光景をスローモーションで走馬灯のように見るオレの心臓が激しく打ち鳴る。オレはほとんど反射的にフィギュアを追いかけ、他人を押しのけて懸命に手を伸ばすが、オレの指は彼女に全く届かなかった。運命は残酷だった。


 その瞬間、駅のアナウンスが響く。近づいてくる電車の轟音が、オレの耳をつんざく。オレの視線の端には徐々に迫ってくる電車の青い光が映り込むが、だけど、今はそれどころじゃなかった。宙を舞うフィギュアの箱はすでにホームの端に近づいていて、電車の接近に伴いその音がますます大きくなっていく。


「ふおおおおおおおおっ!!」


 オレは無様にも必死に叫びながら、推しを救おうと駆け下りていた階段を一気に、跳んだ。もう身体が動いちまってんだ。


 だけど、彼女はもはや手の届かないところまで飛んでいってしまっている。電車のライトが目の前に迫り、音と振動が全身に伝わってくる。


「オレはッ、君を絶対に守るッ!!」


 オレはホームに着地すると彼女を守るために最後の力を振り絞り、身をひるがえしてホームの縁に身を投げ出す。そうして無事に胸の内に収まる彼女の姿を見て、オレは安堵の笑みを浮かべた。そんなオレの姿はまさに、愛しい人を守るための犠牲と執着そのもののように映ったことだろう。


 突然の事態に電車のスピードは全く緩むことなく、耳障りな金属が擦れるブレーキの音とホームにいた人達の悲鳴を聞きながら、オレの身体は強烈な衝撃に襲われる。目の前が、今まで感じたことのないような苦痛で一瞬で白く輝き、何もかもが高速で過ぎ去っていくような感覚が広がる。体が空中で引き裂かれる耐え難い痛みで視界は歪み、急速に闇に包まれていく。


 願わくば、彼女が無事でありますように。誰の手にも触れられませんように。


 絶望的な死の感触の中で、ただそれだけを願いながら。


 そして、オレは何もわからな

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