寄り道
春野 セイ
第1話 縁談
「のどが渇いたな」
書きものをしていた
「まだ早すぎますわ」
声をひそめて云うのは女中のうねだった。
「なにが早い、若旦那さまはもう二十二歳だぞ」
もう一人は老僕の
「まだ二十二歳です。縁談なんて早すぎます」
「早いもなにも話が来ているのだから仕方あるまい」
「どなたですの?」
「……それを知ってどうする」
「知りたいんです」
うねと善兵衛のにらみ合う様子が何となく伺える。すると、善兵衛が見当違いの返事をした。
「わしはな、若旦那さまにはもっと肥えてもらいたいのだ。だから、夕餉のおかずを一品増やせと申しておる」
「一品だなんてとんでもない」
うねはぴしゃりと云い捨てた。二人ともすでに囁き声ではなくなっていた。
「
「若旦那さまは二十二歳になるというのに、あんなに細く痩せてらっしゃる」
「若旦那さまは御健康です。痩せすぎてもいらっしゃらないし、あれくらいがちょうどいいんです」
「一体、なんの話をしているのだ?」
自分の話を大声でされているときまりが悪い、早々と出たほうがよさそうだ。
小三郎は二人の間に入っていった。
うねはマズイという顔をしてそそくさと去っていった。善兵衛は聞かれてよかった、というように開き直った。
「縁談でございますよ、若旦那さま」
「俺に? へえ、そう」
「へえ、じゃございません、お相手は」
「云わなくていいよ、興味がないから」
「若旦那さまっ」
「それよりのどが渇いた。水が飲みたい」
不満そうな善兵衛の横を通り過ぎ、台所へ向かうと、うねが水を用意して待っていた。
「さすがは若旦那さまでございます」
「聞いていたな」
「お水でございます」
「ありがとう」
茶菓子はないかと思ったが、うねがなにか云いたそうだったのですぐに退散することにした。まだ廊下に立っていた善兵衛の前を通り過ぎ、居間に戻った。
「縁談? ふん」
息を吐いてから自分にはまだ早すぎる、と思った。
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