第6話 テンションが低い福の神からの電話

 休憩から戻った俺は、店の奥にあるレジカウンターに立った。

 レジカウンターの後ろには棚があって、ラッピング用の資材が出番を待っている。また、レジカウンターは横に長くて、ノートパソコンを置いて作業をすることも可能である。

 時刻は夕方の6時になろうとしている。

 仕事帰りとおぼしきお客様が、カップ酒や一合瓶に入った日本酒を買っていく。一合瓶の容量は180ミリリットル。ひと晩で飲みきることができるサイズだ。いろいろな酒を試して、お気に入りの一品を見つけてもらえると嬉しい。


「ありがとうございましたー」


 客足が落ち着いたところで、俺は首掛けを作り始めた。首掛けはその名の通り、日本酒の瓶にかける販促POPである。俺は小さな紙片に、日本酒『里の宝』のおすすめポイントを書き記した。


『控えめな香りと、すっと喉を通っていく清涼感がたまらない! 夏場におすすめのお酒です』


 実際に味わったことがあるからこそ浮かんだコメントを書き記す。俺の字は決して美麗ではないが、読みやすいとよく言われる。

 酒のディスカウントショップやネット通販にはなくて、地域の酒屋にあるもの。それはこういった自作の首掛けのような手作り感ではなかろうか。

 仕上がった首掛けを『里の宝』の一升瓶に取り付けていると、電話が鳴った。


「お電話ありがとうございます。沢辺酒店です」

「……そちらにスピリタスはありますか?」


 電話の相手は若い男性だった。声のトーンが暗い。よく耳を傾けていないと、ちゃんと聞き取れないほどボリュームが低かった。

 スピリタスの産地はポーランド。アルコール度数の高さで知られている酒だ。


「申し訳ありません。当店では取り扱いがございません。蒸留酒をお求めですか?」

「強い酒が欲しいんだ。テキーラとウイスキー、それと日本酒を配達してもらいたい」

「かしこまりました。ちなみに何人分ですか?」

「……10人」


 ホームパーティーでも開いているのだろうか。それにしては男性のテンションが低い。罰ゲームで電話をさせられたのかな?


「日本酒をご希望とのことですが、お好きな銘柄やテイストはありますか?」

「あまり詳しくないんだ。お任せします」

「承知しました。ご予算は」

「そうだな……。10万円以内で」


 なかなかに太っ腹である。

 日本酒ビギナーさんならば、辛口のものと、甘口のものを準備するとしよう。

 ホームパーティーということは、いろいろな嗜好を持った人が参加しているに違いない。軽く飲める酒も必要じゃないかと俺は考えた。


「飲みやすいビールや缶チューハイもご用意しましょうか」

「お願いします」

「ご住所とお名前を教えていただけますか?」


 男性はしばし沈黙したあと、ボソリと名乗った。


「貝塚です。住所は、あざみヶ丘5丁目××の××」


 しくも俺の推しと同じ苗字である。あざみヶ丘にも貝塚さんがいるんだなあ。周りの人から、「貝塚響也と親戚なの?」と聞かれたことがあったりして。

 こんなにたくさん注文してくれるだなんて、この人は福の神かもしれない。受話器から聞こえてくる声には生気が宿っていないけれども。


「今から参ります。しばしお待ちください」

「よろしく」


 電話はそこで切れた。

 俺は親父に大量の発注が入ったことを伝えた。


「そうか。ありがたいことだな」

「うん」

「それにしても、スピリタスを知ってるのに特に気に入ってる日本酒はないんだな。酒呑みなんだか、そうじゃないんだか分からないお客さんだな」

「言われてみれば……」


 親父の指摘はもっともだった。ウイスキーに関しても銘柄の指定はなかった。あざみヶ丘の貝塚さんはともかく酔える酒が手に入ればそれでいいという考えなのだろうか。

 もしそうだとしたら、ちょっと悲しい。

 酒にはそれぞれ個性がある。この酒と出会えてよかったという感動をあざみヶ丘の貝塚さんにも味わってもらいたい。

 さて、どの酒を選ぼうか。酒屋としての腕の見せどころだな。

 冷蔵ケースの前に立って、商品を見繕う。

 準備を終えた俺は保冷バンに酒を積み込んで、あざみヶ丘5丁目に向けて出発した。

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