第5話 俺の推しがブロイラー!?
夕方、俺は店のバックヤードでしばし休憩をとっていた。
パイプ椅子がぎしりと軋む。
親父が廃業を考えているだなんて。確かに月々の売上は楽観視できるものではない。でも、「商いは牛のよだれのように」と言うではないか。ボロ儲けはできなくても、細々と店を続けていけたら俺はそれで満足だ。
俺は気分転換のため、SNSを開いた。
すると、「貝塚響也、
『凌雲のレジリエンス』、略して『凌レジ』は個性的な絵柄と強靭なメンタルを持つキャラクターが人気を博している少年漫画だ。俺も単行本を追いかけている。ディストピアと化した世界で生き残りを賭けて戦う主人公シンの熱いセリフに、どれだけ心が震えたことだろう。
どうやら、『凌レジ』がついにアニメ化するらしい。そして主題歌を貝塚響也が担当することになったようだ。
嬉しいニュースだけど、ブロイラーってなんだ?
俺はタイムラインを
すると、辛口評論家の
『僕たち「凌レジ』ファンは音楽業界に庇護されて育ったブロイラーの甘ったるいさえずりなど求めていない。野生の猛禽の叫びこそ、「凌レジ」の主題歌にふさわしい』
おい、待てよ。
ハバネロが言うブロイラーって、貝塚響也のことか?
貝塚響也は、ニューヨークにある有名な音楽院を出ている。独学で音楽を作り始めたわけではない。しかも父は作曲家の貝塚征一郎、母は歌手の貝塚美代子、そして姉はヴァイオリニストの貝塚清音だ。貝塚響也は恵まれた環境で育ったお坊ちゃんである。
だからといって、ブロイラー呼ばわりするのはいかがなものか。
『ひ弱なブロイラーに主人公シンの絶望が歌えるか? シンの慟哭に共鳴できるか? 僕はそう思わない』
ハバネロのポストにはたくさんの「いいね」が押されていた。こうして眺めているあいだにも、どんどんリポストされていく。
『貝塚飽きた』
『ゴリ押しうざい』
『安牌なのは分かるけど、「凌レジ」には関わらないで欲しい』
ハバネロのポストに乗っかって、貝塚響也をディスっている人々が散見された。大人気のアーティストにだって必ずアンチがいると頭では分かっていても、推しのこととなると平常心ではいられなかった。
『ハバネロは誹謗中傷ポストを即刻取り消せ!』
『いやいや、あれは批評の範疇でしょ』
『ハバネロのポストについた「いいね」の数、見てないの? 貝塚ファンは狂信者が多いなー』
タイムラインでは貝塚響也のファンとハバネロの支持者が意見を戦わせている。地獄絵図だった。
ふだんはあまりポストしない俺であるが、今回の炎上について黙ってはいられなかった。
『俺はどんな時でも貝塚響也を信じてる。貝塚響也はきっと、「凌レジ」に貝塚響也ならではの光を見出して、俺たちに素晴らしい楽曲を届けてくれると思う』
そうポストすると、俺はスマートフォンをしまってバックヤードを出た。
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