第3話 勇気の逃走劇
家に帰ると、先に帰っていた兄ちゃんとすれ違った。ポケットに財布を突っ込んだ兄ちゃんは、そのまま玄関で靴を履いた。
「兄ちゃん、どこに行くの?」
さっきの三人組のことを思い出した僕は、とっさに尋ねた。兄ちゃんは、
「ちょっとコンビニにな」
とだけ言って出ていった。そのとき兄ちゃんの視線が少し左右に泳いでいたから、多分ウソだ。
僕は兄ちゃんが出ていった後、少し間を置いて家を出た。そして……僕の予想が当たらないといいなと思いつつ、こっそりと兄ちゃんの後をつけた。
……全部、僕の勘違いであってほしい。兄ちゃんがいじめられてて、お金を要求されてるなんて、そんなこと、全部僕の思い過ごしであってほしい。そう思いながら後をつけていく。兄ちゃんから伸びる影を追っていくと、小さな児童公園に行きついた。僕は見つからないように公園のフェンス外でしゃがんで、そっと様子をうかがった。すると兄ちゃんを待ち構えていたかのように、例の三人組が腕を組んで、偉そうな感じで立っているのが見えた。兄ちゃんがポケットから財布を出して、そこから千円札を三枚取り出した。
「は? 何これ」
「一人一万とか、無理だって……」
「あのさぁ、こんなんじゃ全然足りないんだけど。親とかから借りられんだろ」
僕は兄ちゃんと三人組のやり取りを、スマホの録音機能でこっそりと録音し始めた。僕にできるのはこれぐらいだ。後はこれを誰に持っていくかだけど……
「おい、そこのやつ盗み聞きしてんじゃねーよ!」
いつの間にか、三人組がこっちを向いていた。奴らはいら立った様子で、ズンズンとこっちに向かってきている。
僕はとっさに走り出した。三人組も走って追いかけてくる。運動会のリレーに選ばれるぐらい、僕は足の速さに自信があった。けど中学生相手には分が悪くて、どんどん差を詰められていく。
途中、古い木造民家の壁に、何本か竹材がかけてある場所があった。僕はすかさがそれを地面に転がした。背後から「うわっ!」「クソッ!」みたいな声が聞こえる。竹に足をとられる三人組の姿が目に浮かぶ。これで少しは時間が稼げた。
ひたすらに走って行き着いた先は、あの祠がある緑地公園だった。夕陽は木々に遮られて、もう夜中と変わらないほどの暗さだ。
「はーっ、はーっ」
走って走って、さすがに疲れた。もう足が動かない。僕は膝に手をついて、深く呼吸をした。汗でビショビショのTシャツが、だんだんと冷えていくのを感じる。小川のチョロチョロ流れる音を聞いて、少しだけ気分が落ち着いてきた。
「あっちにいたぞ!」
奴らの声が聞こえた。思ったより早く追いつかれた。僕は疲れで棒みたいになった脚を動かしたけど、木の根っこに引っかかって転んでしまった。そしてとうとう、首根っこを掴まれてしまった。
「ふざけんじゃねーぞ盗み聞き野郎」
「ちょっとコイツ、懲らしめてやらんと」
そのまま引っ張られて立たされると、拳を一発、腹に叩き込まれた。痛みとともに、腹の奥から何かがせり出そうとしてくる。けれどもすんでのところで、吐かずに済んだ。
「あのさぁ、お前勘違いしてるみてぇだけど、あれお友達がお金貸してくれただけだからな。だからチクったって意味ねぇから」
「んなわけないだろ。返せよ……お前らが兄ちゃんいじめてるクズだって知ってるんだよ……」
「自分はまだ悪党になんて屈してない」っていう、精一杯の意思表示だった。ただの強がりだけど、こいつら相手に降参の旗を揚げることはできない。
「盗み聞き野郎のくせに生意気だなコイツ」
「てか兄ちゃんって、まさか青山の弟?」
「小学校違かったから弟いるの知らなかったわ」
三人組の一人に、胸ぐらを掴まれる。もう一発殴られて、地面に尻もちをついた。
「盗み聞きの上にクズ呼ばわりとか、小坊のくせに態度デカすぎんだろ」
「もっと懲らしめてやんないとな」
フラフラの状態で何とか立ち上がった僕を、三人組が取り囲む。ああ、兄ちゃんにもお父さんにも、心配かけちゃうな……
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