第2話 白昼夢のこと

 目を覚ましたとき、すでに日は暮れていた。ちょっとした昼寝のつもりが、長いこと眠ってたみたい。


 不思議な夢を見た。なぜか僕は独りで、あの祠の前に立っていた。そしたら突然辺りが暗くなって、戸惑ってると左手側にある小川から、ちらちらと光る玉がいくつも見えた。


 ホタルだった。昔見た、あのホタルそのままだった。お父さんと兄ちゃんはこの場にいなくて、独りぼっちだなのは寂しいけど、あのすばらしくきれいなホタルをまた見られて嬉しかった。


 ホタルを見て、昔のことを思い出した。家族三人でホタルを見に来たとき、僕は周りがすごく寂しいことに怯えて、兄ちゃんの腕をがっしり掴んで離さなかった。兄ちゃんはあのとき「大丈夫だって、俺もいるし、父さんだっているから」って言ってくれて、それで少しホッとしたんだっけ。


 思い出に浸りながら、ぼけーっとホタルを眺めてた。すると突然後ろから、ざり……と足音がした。今まで人気ひとけなんてなかったから、驚いて振り向いたんだ。そしたら……僕と同じぐらいの年ごろの男の子が立ってた。色白で、息を飲むほどに整った顔立ちだった。昔の人みたいな黒い和服着てて、つやのある黒髪をおかっぱっぽくしてて、ちょっと中性的? な雰囲気あるけど男の子だと思う。


「勇気を見せて」


 男の子が一言、そう言ったところで……僕は目を覚ました。


 何だったんだろう……あの祠に手を合わせたことと、何か関係あるんだろうか。なんかこう、不思議な力に影響されて妙な夢を見ちゃったとか……


 スマホで「古い祠 手を合わせると」って検索してみた。すると、「祟られる」「悪い霊に取り憑かれる」「古い祠には供養されてない霊が集まってる」みたいな記事がたくさん出てきて怖くなった。思いつきでわけのわからないことをするんじゃなかった。


 月曜日、眠たい目をこすって学校へ行った。周りはいつも通りで、変わったところは何もない。算数の問題を解いてる途中は寝そうになって先生に怒られたけど、中休みに河田くんと長崎くんに誘われてサッカーに加わると、もう眠気なんか吹き飛んでしまった。


 放課後は清掃委員の活動のため、隣の五年二組の教室で待機していた。真ん中辺りの席に腰かけて先生を待っていた僕は、不意に背後から気配を感じた。振り向くといつの間にか右斜め後ろの席に福田さんが座っていて、僕の方をじーっと見つめていたけど、僕と目が遭うと視線を外して机に突っ伏した。


 福田さんは隣のクラスの女子で、清掃委員以外の背ってはないからあんまり話したことのない相手だ。けど隣のクラスでは、自称「見えちゃう人」、つまり幽霊やら何やらが見えると言っているらしくて、良くも悪くも評判のようだ。


(もしかして…本当に何かが見えてる……)


 そう思うと、スッと背中が冷えていくのを感じた。もし福田さんが本当に「見えちゃう人」だったとしたら、僕にも何か、お化けみたいなのが取り憑いていて、それが見えている……?


 清掃委員の活動中も、それが気になって仕方がなかった。そんなんだからトイレの掃除用具の点検をしていても、トイレの薄暗さを怖く感じて身震いしてしまった。


 委員会活動が終わって、下校の時間になった。いつも一緒に帰ってる友達は委員会に違ってて、今日は先に帰っちゃったみたいだった。仕方なく一人で帰ることにした僕は、家までの長い道のりを、灼熱の太陽に身を焼かれながらとぼとぼ歩いた。あの祠の近くを通りたくなかった僕は回り道をして、普段とは違う道で帰っていた。


 住宅街の真ん中の十字路にさしかかると、左の方から中学校の制服を着た男子三人組が歩いてきた。彼らは声変わりした声でやかましく喋りながら、僕の前を横切っていく。


「というかさ、青山のやつ、ホントに持ってくると思う? 一万円」

「いやーさすがに一万はキツくね? 千円辺りから始めた方がよかったっしょ」

「千円は安すぎんだろ。十連ガチャ一回分にもならねーし」


 ……僕の足はピタリと止まった。


 思わぬ形で、兄ちゃんをいじめている犯人たちに出会ってしまった。青山っていうのは僕らの苗字だ。彼らはおそらく兄ちゃんから一万円という大金をむしり取ろうとしている。兄ちゃんにそんなお金はないから、用意するとすればお父さんの財布から盗むしかない。


 許せなかった。奴らは善良な兄ちゃんを脅して、犯罪者にしようとしている。


(あいつらを懲らしめて、兄ちゃんを助けなきゃ)


 そう思ったけど……何ができるんだろう。あんな体の大きな中学生三人に立ち向かって勝てるほど、僕は強くない。一番は大人に相談することだけど……誰に何て言えばいい?


 考えたけど、答えは出なかった。僕は十字路の真ん中に立って三人組の背を睨みつけたけど、彼らは僕の方には目もくれず、楽しそうに喋りながら遠ざかっていった。

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