蛍に願いを
武州人也
第1話 どうしたら兄ちゃんを助けられる?
リビングに降りると、帰ってきたばっかりの兄ちゃんが制服を脱いでいた。ブレザーをハンガーにかけ、ワイシャツを脱いで白いシャツ一枚の姿になっていた。相変わらず細い体で背も低くて、中学生なのに小学生みたいだ。
ほっそりとした右の二の腕に、ちらと青い
「あれ、その右腕どうしたの? すごい痣じゃない?」
と尋ねた。兄ちゃんはバツが悪そうな顔をした後、引きつった笑みを浮かべて。
「いやぁ、ちょっとぶつけちゃってさぁ」
と答えた。見え見えのウソだ、と直感したけど、臆病者の僕は「ウソだ」なんて言えなかった。僕らの会話は、それきり終わった。僕は水槽の傍まで行って、メダカに餌をやった。
その日の夜、なかなか眠れなかった僕は布団の中でしきりに寝返りをうっていた。外から聞こえる虫の音がうるさくて眠れない…というわけじゃない。兄ちゃんの腕にできた痣のことを考えていたからだ。
――僕の兄ちゃんは、中学でいじめを受けている。
そう確信したのは、つい最近のことだ。それまではモノをよく無くしたり、ちょっとケガが多いだけだって思った。でも先月ごろ、スーパーに買い物に行く途中、僕は見てしまった。
優しい兄ちゃんがひどい目に遭うなんて耐えられない。どうにかしなきゃ……と思うけど、弟として何ができるんだろう。小学生の自分が中学校の先生に相談なんてできない。お父さんは忙しすぎてあんまり家にいないし……どうすればいいのかわからない。兄ちゃんのあの態度を見ていると、このことは弟に知られたくないと思う。
次の日、朝食をとった僕はフラフラと家を出た。九月の下旬だというのにまだまだ暑くて、日陰の少ない道を歩いていると汗がダラダラ流れてくる。
しばらく歩いて横道に入る。小川沿いに進むと、その先はほとんど森レベルで木々の茂る緑地公園になっている。この川、何年か前まではホタルがいっぱいいてきれいだった。お父さんと兄ちゃんと三人で見に来たこともある。だけどいつごろからか、夏になってもホタルを見なくなってしまった。周辺に宅地が増えたからだとか、ザリガニやコイが入ってきて川の環境が変わっちゃったからだとか、原因はいろいろ言われている。
木陰の下の、土の地面を歩く。真夏の昼間なのに薄暗いし、なんだか肌寒いぐらいに涼しい。雰囲気が怖くて心細くなるけど、勇気を振り絞って歩いた。しばらく歩くと、小さな祠があった。古くてボロボロで、ここで手を合わせる人がいるのかわからない。何か文字が書いてあるけど、薄暗くて読めなかった。正直言って怖いけど、こういう寂しそうな場所じゃないと僕の願いなんて聞いてくれない気がする。僕は祠の前で二礼二拍手をして、手を合わせながらお願いごとをした。
(神様……何もできない僕の代わりに兄ちゃんを守ってください)
何もできない僕は、結局神頼みでもするしかなかった。本来なら初詣に行くようなちゃんとした神社でお願いごとをした方がいいんだろうけど、ずっと昔に初詣した
帰宅後、リビングで麦茶をがぶ飲みしていると、どっと疲れが押し寄せてきた。それと同時に、さっきの神頼みがバカげたことに思えてきた。こんなことしたって、何にも解決しないっていうのに。こんなことしかできない自分がみじめでしょうがない。
ああ、なんだか眠たい。昨日なかなか眠れなかったせいかな……テーブルに突っ伏して寝たら、クーラーの風で体によくないかな……
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