11話 闇市2 魔術紋

『アンダーグラウンドの魔術紋店』

の店内は狭く、酒場のようなカウンターと丸テーブルそして木製でアンティークな茶色の椅子が四つほどしかなかった。

カウンターの後ろには試験管や薬品が並べられた棚と本が窮屈そうに入った本棚、そして店の奥に行くための扉があった。

カウンターの前の呼び鈴を先生が押すと、チィーンという音がでて、カウンターの奥のとびらの向こうからドタバタと人が急いで動く音が聞こえた。

「ハイハイ、ただいまァ、って……旦那じゃないですかァ。」

出てきたのはおそらく店主なのだろう。白のワイシャツにサスペンダー黒いズボンをはき少し髭を生やしたよ40代前半程の長身痩躯の男で、食えなさそうな人だなと思った。

男は先生を見ると嬉しそにして喋り始めた。

「旦那、久しぶりですね。最後にあったのは確か、6年程前でしたっけ。」

「6年と146日13時間ぶりだな。『アンダーグラウンド』、店は繁盛してるか?」

「見ての通り、そこまで景気はよくありませんよ。曽祖父の代からの家業ですが、そろそろ辞めるかそれとも、別の場所で商売をするか悩んでるところでさァ…そんなことはどうでもいいんですが、今日はどんな理由でここに?」

「今日は私の横にいる、このアルカニオに魔術紋を見繕って欲しいんだ。」

そういうと先生は僕の肩を優しく叩いてこちらを見た。

挨拶しろっということだろうか。

僕はフードを完全に外した。

「お初にお目にかかります。アルカニオ・パラ・ド・プラチナと申します。」

フードから顔を完全に出して挨拶をするとそのアンダーグラウンドと呼ばれた男は僕の顔をまじまじと見る。

当然と言えば同然だった。僕は、白く白濁した右目を隠すため普段は右目を髪で隠している。

しかしフードをとる瞬間、髪もズレてしまい今は右目が晒されてしまっている。

見られるのは仕方ないが、そこまでまじまじと見られるとさすがに不快な気分になる。

僕はそう思いながら黙っているとその気分を察したのか、男は僕からすぐに目を離して先生の方を向いた。

「旦那、この子はダ…」

「あぁ…そうだ。」

男がなにか話そうとするのを先生は頷きとその言葉で止めた。

男が先生をじっと見つめ沈黙が場に生まれる、その時間は5秒にも満たなかったのだろうが、その間に先生と男は無言で多くのことを伝えあったように思えた。

フッという溜息にも聞こえるような声を出し目を少しの間、閉じて再び開くと男はカウンターの後ろの本棚から本を1冊取りだし僕らの方に体を向ける。

「承知しました。では少々お待ちを…」

男はさっきとはうってかわって、はりつめつつも落ち着いた声で喋り店の奥へと入っていった。


……………………………………………………………


「痛っ…」

「少し痛むから、我慢してね。」

あの後このアンダーグラウンドさんは店の奥からアルコールランプや試験管、ハサミなどを持ってきて、今はそれを店にひとつしかない丸テーブルの上に散らばせて置いている。

どんな魔術紋に適性があるのかを判断するために、髪の毛を少しきられて、それらは今は試験管の中で無色の液体の中で銀色の光を反射させてクラゲのように揺られている。

「君の属性は無と地の2属性。属性数は一般的だけど珍しい組み合わせだ。うちには数百種類の違法に取引された魔術紋があるけど、普通だったら適合率は2割程、よくて3割弱…でもアルカニオ君とこの魔術紋の適合率は約4割、君は運がいいよ。」

「運がいいったって、こんなに痛いんじゃッ…いったッ、くっ…」

アンダーグラウンドは痛がる僕に安心させるためなのかそれとも痛がる僕を純粋に面白がってるのか、僕に向かって笑いかけている。

今、僕には魔術紋がアンダーグラウンドの手によって左肩に刻まれている。

魔術紋は魔術の家の秘宝。その家の魔術師が子にさらにその子どもにと受け継ぎ進化させていく、研鑽の賜物。

それらは普通家によって、刻む形も、それを刻むための道具と方法も違うため他者がそれを自身の体に刻むことは不可能だ。

だが、アンダーグラウンドの『魔術紋』はそれを可能にしてしまう。

アンダーグラウンドの術式の効果は他者から魔術紋をとり保存し自分以外の誰かに無条件刻むことが出来る…らしい。

その分正規の方法よりも痛みは大きくなり、また刻んだ魔術紋も元々は他者の家のものなので自身との適合率も低い。

そう説明されたことを思い出していると、痛みを伴う地獄のような施術は終わった。

「よし、終わったよ。」

「死ぬかと、思っ…た。」

そうしてぐったりと椅子に倒れ込んでる僕の様子を少し笑うと、真剣な目付きになり話し始めた。

「君、背中に魔術紋が刻まれてるね……でもボロボロだ。私も色んな人間の魔術紋を見てきたけど、君のようにそこまでぐちゃぐちゃになってるのは見たことがない。」

「……」

いまだ椅子からまともに立てず、店のボロボロで崩れてきそうな天井見ながらアンダーグラウンドの話を聞く。

「君に何があったかは聞かないよ。私はアンダーグラウンド《地のそこ》顧客がどうであれそれ相応の対価があればそれでいい…ただひとつアドバイスだ。」

ようやく椅子にまともに座れるようになりその地の底の男の顔を見る。

「その魔術紋、まだ少し生きてるよ。」

「生きてる…それはどういう?」

そう聞き返すと、アンダーグラウンドはその質問には答えなかった。かわりに今までのはりつめ落ち着きのある声をやめて、少し高くてハイテンションな声で今度は話し始める。

「さて、その魔術紋の能力について話しましょう。旦那もよく聞いていてください。」

今まで壁に寄りかかり本を読んでいた先生がテーブルまで移動した。

そして僕たちはこの男から聞くのだった、『CELL』争奪戦にて僕の勝利の鍵を握るこの魔術紋の能力について。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る